サウナ女子会-1
「あんた、最近目の下の隈、えげつない色してんで。」
ランチタイムにサンドイッチを頬張っていると、佐緒里にそう指摘された。顔を上げると、佐緒里の眉間に皺が寄っていた。
「そうですか?」
きょとんと応じると、一恵も見奈美も心配そうな顔で頷いた。
思い当たる節はある。副交感神経を高めるために、YouTubeを見ながら自己流のヨガを始めたが、結局そのために睡眠時間が削られるだけで、寝付きが良くなるとか眠りが深くなるとかいった健康的な効果は得られていない。却って目が冴えてしまうのだが、継続は力なりと思い続けているのだ。
「自律神経乱れてるんだよねぇ。」
美葉が呟くと、見奈美がぽん、と手を叩いた。
「だったら、サウナで整いましょうよ、美葉さん!」
「サウナ?」
美葉は思わず顔をしかめた。汗を流すためだけにあの狭苦しくて暑い部屋に入るあれか。すごく時間が勿体ない行為に思えるのだが。
「気持ちいいよね、サウナ。私も行きたーい!」
一恵が手を挙げた。そして、佐緒里の方を見る。
「佐緒里さんも行きましょ?サウナ女子会、しません?」
佐緒里がにいっと笑う。
「ええね。サウナ女子会。しようしよう。」
***
見奈美行きつけの銭湯は、青いタイル張りの小さな「町の銭湯」だった。のれんは、男湯は水色女湯はピンク色で、「ゆ」と赤字で書かれている。入り口を開けるとすぐ脱衣所で、番台に座っているおばさんに現金を渡す昔ながらのシステムだ。当然サウナも狭く、四人入ると寿司詰め状態となる。
ふくよかな三段腹を堂々と晒す佐緒里に対して、一恵は小さく細い身体を丁寧にタオルで隠し、サウナ上級者の見奈美は下腹部にタオルを掛けて小さくて形の良い胸を露わにしている。美葉は銭湯に縁が無く、気恥ずかしさから一恵と同様にタオルで身体を隠していた。
こんな暑いところにいられるかと思っていたが、じわりと溢れる汗が心地よく、見奈美がはまるのも頷ける気がした。
「ねぇねぇ、美葉さん。社長と付き合ってるって噂、本当?」
見奈美の問いかけに美葉は苦笑いを浮かべて首肯する。想像以上に噂話は早足で広まっているようだ。釣りデートからまだ一週間余り。涼真とはまだそれ以来二人で会ってはいない。
「玉の輿やん。ええなぁ。」
一恵がうっとりと溜息をつく。美葉は思わず首を横に振る。
「まだ、お試し期間中だから。」
「お試し期間中?」
見奈美と一恵がそろって首をかしげる。美葉は苦笑したまま頷いた。
「とりあえず試しに付き合ってみるかって感じ。」
「社長『『とりあえず付き合ってみるか』って、超格好ええんですけど。……それで、試しに付き合うてみてどうなんです?」
一恵の突っ込みに、美葉は首を傾けてしばし考え込む。胸にはモヤモヤした塊があり、それを言語化するのが難しい。
「一緒にいると楽しいし、大事にしてくれるから幸せだと感じるし、いいんだけど。でも、どこかしっくりこなくてなんか物足りないというか……。」
「社長、案外淡泊なん?」
容赦ない一恵の突っ込みに思わずむせる。
「……げほっ……。いや、そっちじゃ無くて、気持ちの問題で……。心に空いた穴が、ちゃんと埋まらない。……うん、そんな感じ。なんか、隙間が空いてスカスカしてる感じ。」
むせて熱い空気を吸い込み、喉がヒリヒリした。見奈美がうーん、と唸りながら顔をしかめる。
「失恋の痛手が、まだ癒えてないからや無い?そやけど、話を聞く限り元彼さんより社長の方が数倍包容力があって、大きな愛で美葉さんを包んでくれる気ぃするんやけど。」
「まぁ……。」
美葉は頷きながらも、見奈美の言葉はしっくりくる表現ではないと思う。大きい、小さいではなく、異質なものだ。残念なことに、それは正人そのもので無ければ埋まらない穴で、もう一生埋まることが無い穴。だから、無い物ねだりをしたところで自分を苦しめるだけなのだ。それなら、涼真の注いでくれる愛に身を委ねれば良いのだが、まだどこかで二の足を踏んでいる。
「誰かて、そうやで。」
それまで、微笑ましいものを見るような眼差しを注ぎつつも黙って話を聞いていた佐緒里が口を開いた。
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