目指せ!セルフコントロール-2

 正人はほっと息を吐き、箒を仕舞った。振り返った正人が初めて会ったような顔をする。不思議そうに首を傾けたので、健太は若干いらっとしてやや尖った言葉を投げた。


 「用事は無いけど、気になったから来たんだよ。」

 正人がどんな言葉を掛けるのか予想が付いて、答えを先回りした。正人はにっこりと微笑む。


 「そう。気に掛けてくれてありがとう。僕は、元気だよ。」

 「見りゃ分かるよ。でも、なんか変だ。」


 率直な感想を伝えると、正人は驚いたように目を見開いた。


 「何が?」


 うーん、と健太は唸った。何がと言われたら、答えに困る。強いて言うならば「何もかも」だ。


 美葉と別れたのに平常な顔で仕事をしているのも、アラームも、取り付かれたような一連の作業も。そう考えていると、またけたたましいアラームが鳴る。


 「ああ、買い物に行かなきゃ行けない時間だ。」


 正人の呟きで、アラームについては腑に落ちた。


 「何、スケジュール管理にアラーム使ってんのかい?」

 「そうなんだ。僕はすぐに生活リズムが狂ってしまうからね。」


 ばつが悪そうに正人は笑う。正人は過集中になると時間を忘れて仕事に没頭してしまう。それで、昼夜逆転してしまうのだ。美葉からは、夕食後仕事をしてはいけないと言い渡されていたが、一人でいるとつい「あと少しだけ」と作業を始めてしまい、そのまま朝を迎えてしまう。


 もう、注意してくれる人がいないから、自分で気をつけようとしているのか。健太はそう気付き、寂しさを覚えた。


 何故美葉と別れたのか。そう問いかけても正人は明確に答えてはくれなかった。アキのことが絡むから、説明が出来ないのだという。納得がいかないのだが、あまりにも苦しそうな顔をするから、追求するのをやめた。


 「この後の予定は?」

 たまには、酒でも飲みながらとりとめない話をしよう。美葉の事には触れず、馬鹿な話で笑いたい。そう思いながら問いかける。


 「買い物に行って、夕食を作って食べて、片付けて、滝之湯に行って、帰ってきたら下着を洗って干して、伝統工芸について書かれた読みかけの本を一時間読んで寝る。」

 「それ全部、アラームで管理?」

 「もちろん。」

 正人は頷いた。


 「アラームを掛けていないと、すぐに時間のコントロールが出来なくなるんだ。……ポンコツだろう?」

 困ったように笑う。その微笑みに、寂しさが混ざる。


 「樹々を続けるって、約束したからね。守らないと。」

 そう、小さく呟いた。


 「美葉と?」


 問いかけると、正人は曖昧に頷いた。脱力した肩を見つめながら、ふっと健太は息を吐いた。やるせない気持ちが胸に沸き起こる。自分にくらい本音を吐いてくれたらいいのに、正人はいつも肝心な部分を胸にしまい込んでしまう。


 「たまには、飲まないか?一緒に買い物行ってさ、酒とつまみ買って来てさ。」


 正人は、首を横に振った。


 「イレギュラーなことはしないんだ。生活全てを型にはめる。それに慣れないと、樹々を守っていけない。」

 「それじゃあ、一生酒飲めねぇじゃん。悠兄ん所でバーベキューも出来ねぇじゃん。そんなんじゃ、生きてて楽しくねぇベ。」

 「いいんだよ。それで。僕の生きる目的は、樹々を続けることだ。それさえ達成できればいい。」


 そう言って、チラリと時計を見る。


 「……ごめん、話しこんじゃうと、予定が狂ってしまう。買い物に、行ってくるよ。」

 片手を上げて、ショールームを出て行く。


 ばたん、と古材の扉が閉まり、ドアチャイムがカランと甲高い音を音を立てた。


 「……お前が良くても、俺らが嫌なんだよ、馬鹿野郎。」

 健太は、ショールームのドアに向かって呟いた。


 「お前がいねぇと、寂しいじゃねぇかよ……。」

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