目指せ!セルフコントロール-1

 正人は美葉と別れて以来また工房に引きこもっている。


 閉店間際、健太は樹々を訪ねた。もしも樹々に何か起こったら、以前のように大変な事態になる前に助けてやらなければならない。樹々の内情を知っている上、出来女の美葉だから前回は危機を脱することが出来た。だけどもう美葉の助けは得られない。ならば傷が浅いうちに問題を発見してやらなければ。その為には引きこもりを容認する訳にいかない。


 ドアチャイムの音を聞いても、正人は工房から出てこない。仕事に集中しているようだ。工房のドアを開けると、案の定正人は一心不乱に鉋を掛けていた。


 閉めたドアに、人の顔ほどの大きな赤い丸が描いてある。


 「なんだ、これ。」

 思わず呟いて見つめていると、けたたましいアラームが鳴った。


 「うわ!」


 正人が悲鳴のような声を上げる。音源はスマートフォンらしく、正人は音を止めてほっと息をついた。それから、視線をこちらに向け、もう一度悲鳴のような声を上げる。


 「び、びっくりした!いるんなら声を掛けてくれたら良いのに。」


 恐らくしょぼくれていると思っていたが、案外元気そうで拍子抜けだ。健太はドアの丸を指さした。


 「これ、何さ。」


 指さした赤い丸を見て、正人ははっと真面目な顔をした。瞑目し、しばらくしてから顔を上げて時計を見た。


 「閉店時間だ。閉店作業しなくっちゃ。」

 一目散に健太の横を通り過ぎる。


 「ちょ、ちょっと。」

 声を掛けると、ハッとした顔を健太に向ける。

 「あ、そうだ。健太がいたんだった。どうしたの?」


 一瞬で存在を忘れ去られた健太は、思わず苦笑いを浮かべる。正人はそわそわと身体を揺らしていた。


 「いや、用事は無いんだけど。」

 「そう。じゃあ僕、閉店作業に取りかかるね。」


 素っ気なくそう言い残し、ショールームへ向かう。キッズコーナーへ行き、おもちゃや絵本を元の場所に戻し、拭き掃除をする。手伝おうとすると、片手を上げて制止された。


 「こういうルーティン作業は、身体で手順を覚えないといけないんだ。イレギュラーな事が起ると混乱してしまう。」

 「……あ、ああ、そう……。」

 至極真面目な顔でそう言われると、頷くしか無い。


 ベッドルームの布団に除菌消臭スプレーを掛け、家具を丁寧に拭く。リビングスペースも同様に掃除をし、モップで全ての部屋の床を拭き、コーヒー豆の在庫をチェックしてからやっとほっと息を吐いた。


 声を掛けることが出来ず、一連の作業をぽかんと眺めていた。正人はやっと健太の存在を思い出し不思議そうに首を傾げた。


 「健太、どうしたの?」

 「いや、用事は無いんだけどさ。」

 「そう、じゃあ僕、工房の片付けをするね。」

 「ああ、待て。用事は無いけど、顔見に来たんだ。なんか、しゃべろうぜ。」

 「用事無いのに?」


 返答に困り、黙ってしまう。工房でまた、けたたましいアラームが鳴った。正人は慌てて戻り、アラームを止める。それから、鉋を道具箱にしまい、箒を手にした。床に散乱した木くずをテキパキと集めていく。


 まるで、ロボットみたいだ。


 集中してキビキビと動く正人をぽかんと見つめる。工房の掃除はさほど時間が掛からずに終わった。

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