社長の家-1

 コンシェルジュが常駐するマンションの最上階に、涼真の自宅がある。


 通されたリビングは二十畳以上あり、広々とした対面式のキッチンと四人掛けのダイニングテーブルが置いてある。奥のリビングスペースには六十インチのテレビとレザーのソファーセットが鎮座している。


 ここに一人で住んでいるのか。


 そう思うと、寂しくないのかと心配になった。室内は綺麗に片付けられてあり、あまり生活の匂いはしなかった。人の気配がしない広くて綺麗で整った空間は、なんだかもの悲しい。


 「こんな広いとこに一人で住んで、寂しい男やなぁ。と思ったやろ。」

 キョロキョロし過ぎていたのか、涼真が苦笑いを浮かべて言う。

 「……ちょっと、思いました。」

 くっと涼真は喉を鳴らした。

 「正直やなぁ。」

 そう言いながら、キッチンの奥の引き出しを探っている。


 「殆ど、寝に帰るだけやからね、こんな広う無くてもええんやけど。たまにお客さんを招くとき、ショボい家に住んでるなと思われるわけに行かへんやん。……はい、これ使うて。」


 エプロンを差し出してくる。淡いピンク色で、裾に綺麗なフリルが付いている。思わず、涼真の顔とエプロンを交互に見てしまう。はっと涼真は視線の意味に気付き、嫌々と言いながら手を身体の前で振った。


 「僕が着てるんと違うで。いつぞや、泊まりに来た女の子が置いて行った奴。」


 美葉はもう一度エプロンと涼真の顔に視線を往復させる。今度の視線は、先ほどとは意味合いが違う。


 「それを、私に身につけろと。」

 「あかん?これまで気にした人はあんまりおらんかったけどな。」

 「歴代の女が身につけてきたエプロンですか。」

 「そんな、身も蓋もないこと言わんといて下さい……。」


 困ったように眉を寄せてから、はっと何かに気付いたように涼真は美葉を見つめた。


 「……焼き餅、焼いてくれてんの?」

 にやりと嬉しそうに笑う。その顔を美葉はキッと睨み付けた。

 「焼き餅じゃ無く嫌悪感。デリカシーなさ過ぎ。」

 「すいません。」

 涼真の顔がシュンとすぼんだ。


 「……社長って、裸にエプロンとか、させてそう……。」

 「いや。それは……。」


 否定しつつも、一瞬頬が赤くなったのは見逃さない。やったな。やったんだなこいつ。それを着せようとしてんだな。美葉は涼真に侮蔑の視線を投げた。


 「もう……。」


 そう呟いて、涼真はキッチンにつかつかと歩いて行き、ゴミ箱にエプロンを投げ入れた。


 「過去のことは、消されへんねんから、それについて怒るのはやめて。デリカシー無かったのは謝ります。今度、美葉ちゃんに似合うエプロンを探してくるから、機嫌直して?」


 美葉は唇をへの字に曲げて、上目遣いに涼真を見た。涼真は困ったように眉をハの字にしている。


 困った顔なんて、初めて見るな。

 そう思うと、笑えてきた。


 「じゃあ、自分で選ぶから今度買い物に付き合って下さい。」 

 「ほんま?行こう行こう。買い物、一緒に行こう。」

 涼真が破顔する。こんな無邪気な笑い方もするのかと思った。

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