釣りデート-1

 舞鶴の海は深い色をしていた。久しぶりに日本海を見た気がする。太平洋に比べて日本海は濃く深い青色で、波が荒くて寒々しい。


港には、大きな船が停泊していた。


 涼真はレクサスの荷台から折りたたみ式の椅子を二つ持ち上げて広げた後、釣り竿を取り出した。手際よく釣り竿に仕掛けを結びつける。そして、クーラーボックスから小さな紙袋をつまみ出した。紙袋の中にはプラスチックの容器が入っており、大粒の砂がぎっしりと詰まっている。何だろう?と凝視すると、巨大なミミズが密集し、うじゃうじゃとうごめいていた。


 「キモい!」


 思わず悲鳴を上げる。涼真は予想通りの反応にしたり顔で笑っている。


 「美葉ちゃん、釣りは初めて?」

 涼真はその一匹をつまみ上げると、躊躇無く串刺しのように釣り針に刺した。

 「初めてです。……うげっ!」

 その様子を見ておかしな声を上げてしまう。涼真はくっくと喉を鳴らした。


 「やってみる?」

 涼真の申し出に、美葉はゴクリと喉を鳴らした。嫌、出来れば遠慮したい。しかし、折角釣りに来たのに全て涼真に頼っていたのでは情けないでは無いか。そう思い、意を決して頷いた。涼真は驚いたように口笛を鳴らす。


 「流石美葉ちゃん、勇ましい。じゃ、アオイソメちゃんを一匹摘まんで。」

 美葉はおっかなびっくり指を伸ばし、気持ちの悪い物体を摘まむ。予想に反したジャリジャリとした感触に驚く。無数の足が指の間でうごめく感触だ。鳥肌が立つ。


 「頭から針を通して、適当なところで針を抜く。ほら、やってみて。」

 「あ、頭から?」

 アオイソメをじっと見つめ、頭を確認する。動かないように強く摘まむと、あろうことか噛みつかれた。思わず悲鳴を上げる。


 「か、噛んだっ!噛んだっ!こいつっ!噛みやがった!」


 涼真は身体を折り曲げて笑い出した。美葉は涼真を睨み付けた。怒りにまかせて、ブスリとアオイソメに針を刺す。

 「出来ましたからねっ!」

 ウエットティッシュで入念に手を拭いながら言うと、涼真はハイハイと護岸に手招きをした。


 美葉に釣り竿を渡すと、美葉の手を取って人差し指を立たせて釣り糸と竿を同時に押さえさせた。そして、ベールを立てる。

 「見ときや。このまま後ろに振りかぶって、まっすぐ遠くに向かって投げる。竿が自分の真上に来たところで指を離し、斜め上に竿を立てたまま糸が止まるまでじっと待つ。」


 解説しながら涼真は竿を振りかぶり、弧を描くように振った。釣り糸が反動で弧を描き、遠くの海に落ちる。リールからしばらくシュルシュルと糸が伸びていたが、やがて止まった。涼真はベールを閉じてリールを少し巻くと、竿を竿立てに置いて美葉のそばに立った。


 「はい、後ろに振りかぶって。」

 「こ、こう?」

 ぎこちなく竿を背負うように持つ。

 「思い切り投げる。指を離すタイミングは、竿が真上に来た時。」

 「よしっ!」

 美葉は言われるがまま、竿を投げ指を離した。釣り糸は、涼真の糸より遙か手前の随分左側に落ちた。涼真が大声で笑い出す。笑いながら、美葉のリールのベールを閉じる。


 「少し巻いて。」

 そんなに笑わなくても、と内心思いながら糸を巻く。


 「じゃ、ここに置いて後はしばらく放置。」

 「へ?」

 「投げ釣りは、そんなもんやの。」


 そう言って、椅子のリクライニングを倒し、美葉を手招きする。

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