あなたのもとへ帰りたい-1
「実は今回、リフォームを進めてくれたのは保志さんなんです。」
樹々の前でタクシーを待ちながら達義が言った。予想していたことなので、美葉は特段驚かずに笑顔を向けた。
「多分そうかと思っていました。『ほんまにリフォームせんでもええからな』なんて言ったんじゃないですか?」
達義は吹き出して笑った。始めて営業用では無い笑顔を見たと美葉は思った。
「そうなんですよ。よくお分かりで。……保志さんは、フランスで一緒に修行をしていた先輩と同級生で、京都に店を構えたときからよく利用して下さってました。独立しようか悩んでいる時は背中を押してくれたし、先輩との仲がギクシャクしないよう取り持ってくれました。それから何かと相談に乗って貰っていて。
……朱音のことも、心配してくれていたんです。今回、『家作り替えるくらい大きな話をぶつけて朱音の心を動かしてみろ』って嗾けてくれたんですよ。」
「そうやったん?」
朱音が達義を見上げた。達義は妻の顔を見つめて頷いた。
「内心、別れ話をされるんや無いかとビクビクしていました。僕は朱音の心を傷つけたと思います。朱音に謝ってこれからのことを沢山話したいと思います。」
国道に続く通りから、タクシーがやって来た。
「今回のこと、やっさんは近藤さんのためだけに動いたんじゃ無いんです。私のためでもあるんです。だから、成約しなかったこと、気にしないで下さい。」
美葉がそう言うと、二人は顔を見合わせた。校門の前に白いタクシーが停車する。カッターシャツ姿の初老の運転手が降りてきた。
「近藤様でよろしかったですか?」
そう言いながら、白い手袋で後部座席のドアを開く。
「お二人の幸せをお祈りしています。」
何か問いたげな二人に、美葉は頭を下げた。その後ろで、正人もありがとうございましたと頭を下げる。
「お礼を言うのはこちらの方です。お世話になりました。」
達義はそう言って頭を下げ、朱音もその隣で夫に習う。
二人を乗せるとタクシーは静かに走り出した。一度門の中に入ってきて方向を変え、来た道に交差する道を直進していく。
タクシーが緩やかなカーブの先に姿を消してから、美葉は正人の方へ身体を向けた。
「……正人さん、話があるの。」
「はい。」
覚悟していたように、正人は頷いた。
近藤夫妻が対話を必要としているように、自分と正人もまた、対話を必要としている。ともに胸の内を明かして、すれ違ってしまった心をもう一度寄り添わせるために。
このリフォームは対話を促す保志からのメッセージだ。正人もそれに気付いているはず。
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