美葉のコミュ力
「いやいやいやいやー!美葉さんのコミュ力半端ない!」
見奈美が本能寺の前でまくし立てる。
「いやー、それほどでもー。」
美葉は照れ隠しに頭に手を置いておどけて見せた。見奈美はなおも興奮冷めやらぬ様子で言葉を続ける。
「珈琲話からの気が短いのですか、から仕事の話につなげ、夫との出会いを引き出し、今現在の夫婦が直面している問題に突き当たる展開。ゾクゾクしましたー。」
笑った唇が歪んだと自分でも分かる。あまり褒められると居心地が悪くなる。こういうことを、さらりと何の計算もなくやってのけるのが正人だ。ただそこにいるだけで、心の内を吐露したくなる。正人はただ頷いて聞いているだけ。
自分は話の展開を慎重に組み立て、時間を掛けなければ核心に当たることは出来ない。
その核心を聞いた今、美葉は嫌な予感を抱いていた。
それを告げるべく、興奮が冷めない見奈美を振り返る。見奈美の後ろに本能寺の立派な数寄屋門が見えた。
「今回のリフォーム、多分成約しないんじゃないかな。」
きょとん、と見奈美は立ち止まった。
「何でです?夫婦の対話を促したんは、リフォームの計画を具体的に話してもらうためと違うんですか?」
「そうなりゃ、万々歳だけどさ。」
美葉はため息をついた。見奈美のそばかすを見つめながら、申し訳ない気持ちになる。
「きっとそこまで行かないわ。止まっていた時間が動き出して欲しいと思う。でも動き出したとしても、リフォームの計画を立てられるほどの具体的な未来はまだ描けないんじゃないかな。」
「えー、じゃあ、どうすんです?これから。」
見奈美は唇を尖らせる。美葉は首を横に傾けた。
「どうするって?このまま進めるに決まってるじゃない。お断りになるまでお客様はお客様。何をするかは決まっている。一緒に未来を見つめて、幸せな生活をイメージして貰う。その形を共有して、デザインを起こす。それだけの事。」
「でも、成約せぇへんかったら、この時間無駄になりますよ。無理クリでもリフォームを勧めたりはせぇへんのですか?」
「リフォームって、お金が掛かるんだよ。一生に何度もするもんじゃ無いんだよ。二人にとって必要だと判断するなら勿論喜んで引き受けるし、タイミングで無いのならまた今度ってなるだろうし。いずれにしても、最後まで誠意を持って対応します。」
自分が見奈美に見せるのは、谷口美葉流の仕事の仕方。たとえ成約しなくても、それは変わらない。見奈美は解せないという表情を浮かべている。
木寿屋での最後の仕事が、成約にならないのは寂しいけれど。
「とっとと帰ろ。片倉さんがうるさい。」
美葉は見奈美を手招きした。
この仕事が終わったら、当別に帰ろう。自分も正人ときちんと向き合おう。唇を尖らせてしぶしぶと歩いてくる見奈美を見つめながらそう心に決めた。
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