彼女の真意-1

 再度訪れた近藤家のリビングを、美葉は密かに、しかしつぶさに観察した。


 楢のフローリングに上質な革のソファーとウォルナットのテーブル。大きなテレビが白い壁に掛けられている。大きな窓から庭が見える。庭にあるのは手入れのいらない低木ばかりで、日頃手を掛ける必要がありそうな植物は植えられていない。窓には白いレースのカーテンがあしらわれている。


 それ以外、何もない。


 必要最低限のものがあるだけで、装飾や遊びといった要素は全くない。住民の好みも趣味も垣間見ることが出来ない。相変わらず能面のような顔で目を伏せる目の前の女性そのものだと美葉は思った。


 朱音あかねという人物も、特徴というものがあまりない。


 すっきりとした面差しで美人の部類に入るだろうが、目を惹くようなパーツはない。黒髪を後ろでまとめているのは装飾のない黒いゴム。黒いロングスカートに、グレーのカーディガン。そのどちらも無地で、質は良いだろうが目を惹く物ではない。


 そう、近藤邸も朱音も、「上質なのだが特徴がない」のだ。品良くまとめられているが生活の気配がまるでない。朱音は作られたセットに連れて来られたエキストラのようだ。ここで生活をしている人だという気配がない。


 「リフォームについて、何か具体的な事は浮びましたでしょうか?」

 美葉はできるだけ柔らかな口調で問いかける。朱音は、小さく首を傾けた。


 「……リフォームをされる方は、どのような内容を希望しはるのですか?特に希望なんてありませんので、通り一遍のことをしていただいたら結構です。」


 抑揚のない言葉に、美葉は溜息をつく。隣で見奈美が眉を寄せたのが分かった。


 美葉は、一つ大きく息を吐くと、膝の上に広げていた手帳をパタンと音を立てて閉じた。


 「朱音さん。」


 突然名を呼ばれ、驚いたように朱音は顔を上げた。初めて視線が合う。美葉はにこりと微笑んだ。


 「朱音さんは、何をしているときが一番ほっとする時間ですか?……私は実家に帰って珈琲を飲んでいるときかな。ミルで豆を轢いてゆっくりコーヒーを淹れるその工程が好きです。」


 朱音は、戸惑いの視線を美葉に投げかける。美葉はその戸惑いごと視線を受け止めた。答えたくなければそれでもいいと思った。「答えない」という手段もまたその人の出した答えなのだから。


 戸惑いがちに揺れる瞳は、綺麗なグレーだと気付く。白目に対して黒目が大きく、睫がとても長い。首が長くて、玉子型の顔は小さい。年相応に老けているが、若い頃は人目を引くほどの美人だっただろう。朱音はその長い首を少し右側に傾けた。


 「洗濯や、掃除をし終えてここに座ってお茶を飲むとき……でしょうか。」

 戸惑いながら答える。美葉は笑顔で頷いた。


 「そうですよね、家事が一通り一段落して飲むお茶って、ほっとしますよね。お茶は、何を飲みますか?珈琲?緑茶?」

 「珈琲です。でも、インスタントの。」

 「ブラックですか?」

 「いえ、少し牛乳を入れます。」

 「ミルクじゃなくて牛乳?」

 「ええ。少し冷めて、早よ飲み頃の温度になりますでしょ?」


 微かな糸口を見付けた。そう思い、静かに両手を合わせた。

 「成る程!……朱音さん、案外気が短い方ですか?」

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