心の鈴が鳴りました
ニコットという小さなホームセンターで、猛の靴を選んだ。午後8時の閉店間際で、蛍の光が流れている。
少し焦りながらも、店内をくまなく見て回る。雑貨を取り扱うコーナーで、目当てのものを見付けた。立ち止まって、思わず小さなガッツポーズをとった。大きさも丁度良く、見た目もいい。水色とピンク色と黄色があり、健太はしばらく迷った。そして、アキには一番水色が似合うと思い、それを買い物かごに入れた。
離れを訪ねると、まだ少し髪が濡れているアキが玄関先に出てきた。ふわりとシャンプーの香りがする。
「猛は?落ち着いたかい?」
アキはこくりと頷いた。
「あの……。ありがとうございました。」
深々とアキが頭を下げるので、健太は照れくさくなり頭を掻いた。
「子供って、目を離すと何しでかすか分かんねぇから大変だよな。小二でこれだから、小さい時はなおさら大変だったろうな。」
「……いえ……。猛は良い子だったから……。」
アキははにかんだ笑みを浮かべる。その頬に浮ぶエクボを見つめながら、健太は手に持っていた買い物袋をまさぐる。
「これ、猛の靴な。選択肢が少ないから、好みでなくても我慢して。」
靴を玄関の中に置く。
「そんな……。すいません。」
アキは恐縮してまた深く頭を下げた。
健太はアキが顔を上げるのを見計らって。その目の前に鈴を翳した。子供の拳ほどの球体で、縮み模様が複雑に光を反射している。健太は得意げに上部の取っ手を持ってふって見せた。シャランと光の瞬きのような音がする。
「
「はい……。」
アキは、不思議そうにそれを見つめた。健太は急に照れくさくなり、アキの手にその鈴を押しつけた。アキの掌で鈴はシャラシャラと小さな音を立てた。
「今日、猛が土手に行ったのは、泥で鈴を作ろうとしてたからなんだ。アキが大切にしてた鈴を、猛が泥で作ってやろうと思ったらしい。」
アキは、きょとんと手の平の鈴を見た。しばらくして、ああ、と息を吐いてからクスクスと笑い出した。
「鈴!」
そう言って、更にクスクスと笑う。今度は健太がきょとんとする番だ。
「……何か、俺、変な事したかい?」
アキは、慌てて首を横に振った。
「変な事なんて……。わざわざ、探してくださったんですね。ありがとうございます。」
アキはまた、深く頭を下げた。
「嫌、なんて言うか、猛がまた土手に行ったら危ないと思って……。でも、俺何か勘違いしたかな。」
アキは、小さく笑う。
「……本当は、焼き物の人形なんです。これくらいの。」
アキは手の平を合わせて、丁度猛の拳くらいの円を作った。
「粘土で出来てるってずっと前に猛に話したことがあります。その人形をすずちゃんって呼んでたんです。」
「あー。」
急激に恥ずかしさが込み上げてきて後頭部に手を置いた。
「めっちゃ勘違いじゃん。」
「いいえ。」
アキは首を横に振った。振動で、手の中の鈴がシャランシャランと音を立てる。
「……嬉しかったです。本当に。大切に、しますね。」
そう言って、もう一度鈴をシャラン、とならした。
うっとりと、手の中の鈴を見つめる。
門灯の白い灯りの下で、細められた瞳と咲きかけた花のように綻ぶ口元。頬の小さなエクボ。
健太の心臓がドクドクと音を立てる。
――だめだ。
健太はこれまで密かにあらがっていたものに白旗を揚げた。
惚れちまった……。
その気持ちを認めた途端、胸に熱がどっと流れ込んできた。
――正人の元嫁に、惚れてしまった。
アキのエクボを見つめながら、熱いため息をつく。
もう、後戻りは出来ない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます