鈴と草払い機-3
「猛!?」
健太は水音がした土手に向かって駆け出した。アキも草払い機を肩から外して後を付いてくる。
土手を滑り下りる。先ほどとは違う、川が流れている土手だ。用水路とは違い、水かさは多く水流に勢いがある。ごうごうと音を立てる雪解け水の流れを遡るように音がした方に向かう。土手は時折崩れていたり、岸壁が草に覆われて見えなかったりする。大人でも足を踏み外す可能性があった。水かさは大人の膝辺りまでだが、子供の身体くらいあっという間に飲み込んでしまうはずだ。
アキは事態を飲み込んだらしく、悲鳴のような息を吐いた。
「猛!猛!」
悲壮感に満ちた声で息子の名を呼ぶ。
その流れに翻弄されながら、子供の靴が流れてきた。青色の靴は時折水の流れに姿を消してはポカリと浮き上がり、また水の中に姿を消す。それを不規則に繰り返しながら、あっという間に目の前を通り過ぎた。
「猛!」
アキが悲鳴のような声を上げて靴に手を伸ばそうとする。健太は思わずその身体を抱き留めた。
その耳に、グズグズと子供が鼻を鳴らす音が聞こえた。反射的にその場所を探すと、猛が片足を流れに浸し、身体を土手に押しつけて雑草に必死にしがみついているのが見えた。
「アキ、ここから動くな。」
早口でそう言ってから、猛に向かってゆっくりと大きな声を掛けた。
「猛!すぐそっちに行くから、動かずに待ってな!」
猛は怯えきった顔をしながらも、しっかりと頷いた。健太は1mほどの幅の水路を飛び越えて向こう岸へ渡り猛に駆け寄ると、その身体を抱き起こした。猛は健太にしがみつき一瞬顔を歪めたが、泣き出すことはしなかった。健太はそのけなげな子供の頭を一度撫で、背中に負ぶった。再び用水路を渡り、土手を駆け上がる。そのまま走ってアキのいる場所に行くと、猛を降ろした。今度はアキに手を伸ばす。
「救出成功。おいで、アキ。」
アキは祈るように頷いてから、健太の手は取らず、勢いよく自分の力で土手を駆け上がった。猛の姿を見付けると、駆け寄ってぎゅっと抱きしめた。
猛が、わっと泣き出した。アキが無言で猛を抱く腕に力を込める。
「良かったな。良かったな。」
身体の力が抜けて二人の傍にしゃがみ込んだ健太は、猛とアキの頭をポンポンと叩いた。アキはそれを拒絶せず、受け入れるように何度も何度も頷いた。
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