鈴と草払い機-2
「波子さんも、悠人さんも、雑草の管理が大変なんだって言ってました。お手伝いしたいので、私にも、使い方を教えてください。」
有機野菜やオーガニック認証を受けるためには除草剤や農薬の使用を避けなければならない。だから、勢いよく伸びてくる雑草を手動で刈り取る必要がある。雑草が生えると養分が盗られたり日光を遮られたりして作物の品質が悪くなる。それだけではなく病害虫の発生源にもなるのだ。
有機農場は他の農業家の土地とも隣接している。雑草が生えていると、これ見よがしに隣接の農家は除草剤を撒いてくる。そんなことをされたら認証が取り消されるからやめて欲しいのだが、相手方も害虫を持ち込まれてはたまらないと思っているのだろう。喧嘩をしている暇があれば、どんどん草を刈る方がお互いの為なのだ。だが、広大な農地の草刈りはとても重労働だし、草刈り以外の仕事も山のようにある。悠人と波子が朝から晩まで働いても追いつかない。
身体が小さく、農業などやったことのないアキに草刈りは重労働だろうが、とてもありがたい申し出だった。
「やってみるかい?」
健太は草払い機を地面に置いた。長い柄を足で押さえ、スターターの取っ手を思い切り引いてみせる。すると、ブルブルと音を立ててエンジンが起動し、ジャーっと勢いよく丸い歯が回り出した。
「こうやって、エンジンを掛けるんだ。やってみな。」
健太は一度エンジンを止め、アキに場所を譲った。アキは長靴を履いた小さな足を健太が置いていた場所に置いた。そして、スターターの取っ手を引く。勢いが足りず、エンジンはうんともすんとも動かない。思わず健太は笑った。
「勢いが足りないんだ。身体を使って思いっきり引いてみな。」
「はい。」
返事まで似た親子だと思わず口元がにやける。アキは先ほどよりも強くスターターを引いたが、草払い機が振動で揺れただけだった。
「腕で引くんじゃなくて、上半身を起こすようにして引っ張るんだ。そしたら力が入る。」
思わず手を添えようとすると、アキはさっと身体を翻した。健太は慌てて身体を離し、頭を掻く。アキも気まずそうに元の位置に戻り、健太が示したようにスターターを握ると上半身を起こしながら勢いよく引いた。大きな音を立てて歯が回り出す。
「やった。」
アキは小さな声で嬉しそうに歓声を上げた。頬にエクボが浮ぶ。その姿がキュンと健太の胸を揺らした。健太は草払い機を肩に掛けると、地面に沿うように左右に振ってみせる。歯が一層甲高い音を立て、雑草が倒れていく。
「これも、身体を使って動かすんだ。手でやるとすぐ疲れるからな。できるだけ地面に沿って、ムラがないようにな。」
「はい。」
素直なアキの返答に笑み、健太は草払い機を地面に置いた。アキが、おっかなびっくりというように健太をまねて肩に掛ける。
「ちょっとごめんな。」
健太は声を掛けてから、アキの身体に触れないように気をつけながらベルトの長さを調整した。それだけでも、アキが身体を硬くしたのが分かる。だが、ベルトの長さが身体に合わないと効率よく機械を動かすことができないのだ。
アキは健太をチラリと見てから、意を決したように草払い機を動かした。小さな身体が草払い機に振り回されているように見える。まるで子供が遊んでいるようだがアキの表情はとても真剣だ。健太は笑いを必至で堪えた。
しばらく進んだところで、アキは足を止め自分が刈った跡を振り返り、残念そうにため息をついた。地面には見事な緑色の虎刈りが残されている。
堪えきれず、健太は笑った。アキは少しすねたような顔をした。この顔は初めて見るな、と思う。
「最初から上手には行かないさ。これでもいいんだ。どうせ草なんてすぐに生えそろう。」
「……上手に、なりますか……?」
上目遣いに問いかけるアキに、健太はうんうんと頷いた。
「あっという間に上手くなる。それまでは、質より量で行こうぜ。」
「……はい。」
アキは瞳を伏せて頷いた。その唇が綻んでいて、小さなエクボを作っていた。
その時、離れた土手から何かが水に落ちる音がした。はっと顔を上げて、咄嗟に猛の姿を探した。しかし、農場のどこにも猛の姿が見えない。ぞくり、と悪寒が走る。
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