朝焼けののえる-3

 「起きている間中お酒飲んでる重度のアル中。本当は治療しないといけないんだろうけど、本人にお酒をやめる意思はないから放置してるの。父もその方が都合が良いの。北海道の別荘で大人しくしていれば、マスコミも騒がない。酔い潰れている方が、本人は幸せみたいだし。お金だけ出しておけば、父は安心して東京の新しい家族と平和に暮らせるからね。」


 のえるは唇を閉じて視線を右側に逸らした。銀色の髪が、頬に掛かる。


 「お酒に溺れる前は、子供に自分の夢を託そうと必死だった。人と同じじゃ駄目、見た目も、考え方も個性的に。どんな風に振る舞ったら自分が一番綺麗に見えるのか、常に考えなさい。常に人から見られていると思って、どんな仕草も美しく見えるように研究しなさい。歌も、踊りも、演技も、一流のものを身につけなさい。……素直に聞いてたら、この様よ。」


 自虐的にのえるは唇の端を上げた。


 この様なんて。のえるは魅力的だよ。


 そう言おうとしたけれど、言えなくて良かった。多分、それは褒め言葉にはならない。


 「こんな私を作っておいて、今じゃ私のことお酒を買ってきてくれる人間だとしか認識してないんだから。


 ……私、社会で普通に生きていくことなんて出来ないよなぁ。なんて思いながら家に引きこもって動画撮って遊んでたら、陽汰の曲に出会ったの。


 陽汰の曲は、私のイマジネーションを掻き立てた。この曲を歌いたい。この曲で表現したい。やっと自分のしたいことが見つかった。そんな風に思ったな。


 ……まさか、マジでミュージシャンやると思ってなかったけど。」


 陽汰の耳が、赤く染まる。


 のえるが自分の配信した曲を見付けて、作詞して歌った動画をつくってくれた。配信して良いかと連絡をもらった時は、やっと誰かに認められた気がして心底嬉しかった。


 のえるはいつも堂々としていて、世界の中心にいる人のようで眩しかった。だけど本当は、不器用で繊細な人だと分かってきた。


 朝陽が地平線から顔を出したらしい。靄がその光を乱反射させている。まるで世界に光が満ちていくようだ。


 「……バンド、組もう。」


 兼ねてから考えていたことを思わず口に出した。のえるが身体を起こした。その顔に驚きが浮んでいる。


 陽汰はドラムしか出来る楽器が無い。ボーカルとドラムという組み合わせではステージに立つことは難しいと言われていた。でも、音楽配信だけでは客は付かない。やはりステージに立たなければ。


 だが、緘黙症の陽汰はサポートメンバーと上手くやっていく自信が無かった。


 「陽汰は、大丈夫なの?」


 のえるの問いかけに、陽汰は頷いた。自信を持って、とは言いがたいがそれしか方法が無いと思っていた。のえるは狼狽えたように目を泳がせる。


 のえるがギターとベースのサポートメンバーを入れたがらない本当の理由は、のえる自身が人と上手く付き合っていく自信がないからではないか。陽汰は最近そう感じていた。今日、のえるの話を聞いて自分の予想に裏付けが出来た。


 「トリセツを作る。」

 陽汰は人差し指を立てた。


 「自分の特徴とか、配慮して欲しいことを最初から伝えとく。」

 のえるの瞳がぱっと見開かれ、朝の光に照らされて柔らかく光った。


 「トリセツ……。」

 つぶやくのえるに、陽汰は頷いた。


 「のえるのも。」

 陽汰の言葉を聞き、のえるは虚を突かれたような顔をしてから、照れくさそうに口を真一文字に結んだ。


 二人はとても不器用だけど、この世界で生きていかなければならない。沢山の人が手を伸ばしても届かないものに、偶然にも触れることが出来た。ならば、それを掴んで離さないようにしなければ。二人でしか出来ないものを作り上げるために、自分ものえるも変わらなければならないのだ。


 「私のトリセツかぁ。悪口ばっかになりそうだな。」

 苦笑するのえるの横顔が、朝の光に溶けそうで目を細めた。

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