朝焼けののえる-2

 そう言えば、のえるの家族の話を聞いたことが無かった。というより、のえるのことは何も知らない。札幌に住んでいるって言うことだけで、詳しい住所も、一人暮らしなのか家族と住んでいるのかも知らない。連絡はいつでも取れるから、多分会社員のようなことはしていない。アルバイトも。だけど、個性的な高級車に乗っているし、洋服も沢山持っている。


 こんなに彼女のことを知らないのは、自分が彼女に何も聞かないからだ。緘黙症を克服すると決めたけれど、急にしゃべれるようにはならない。だから、雑談の類いはできなくて、音楽や今後のことに関する意見交換をするくらいだ。込み入ったことは今でもLINEを使う。沢山しゃべろうとすると、頭がフリーズしてしまうのだ。


 「聞いてもいい?」


 朝靄のせいかな。するりと言葉が出てきた。のえるが小さく首を傾けるのが、バックミラー越しに見えた。


 「家族のこととか。」

 ちらりとそこに映るのえるの顎先を見つめながら言った。


 「いいよ。」

 のえるは小さな声で答えた。


 オオルリの高く澄んだ歌声が空気を揺らしている。


 「お母さんはね、芸能の神様に魂を持ってかれちゃっててさ。たまに一晩中飲んだくれてくだを巻くの。相手するの面倒になって、外に出たんだよ。無性に当別に行きたくなってさ。でも、夜中の二時過ぎだったしね。陽汰を起こすわけに行かないから、車の中でぼーっとしてた。」


 芸能の神様に魂を持ってかれてる?のえるの言葉の意味が分からず首を傾げる。のえるがふっと笑った。


 「本人の名誉のために名前は言わないけど、結構有名な女優だったの、うちの母。ドラマや映画の主演女優張るような。全盛期に映画監督と結婚して、子供を産んで。女優としての幸せも、女としての幸せも手に入れた。


 結婚も女優も全て上手く行くと思ってたんだろうね。だけど芸能の神様は欲張りな女が嫌いなのかも。出産後女優に復帰しようとしたら、自分のいた場所は違う女優が奪ってた。


 そりゃあそうよ。みんな数少ないトップの椅子を求めてる。オマケに世間は飽きやすい。同じ顔がずっとその椅子に座り続けることは出来ない。女は年をとるんだから、恋愛ドラマのヒロインから、実力派の名脇役に転身しないと生き残れないの。


 でも、彼女はそれが出来なかった。求めるものがどんどん離れていくことに耐えかねて、娘に夢を託したけどそれも上手く行かなくてね。


 いつからか、やり場のない気持ちをお酒で紛らわすようになったんだよ。東京にいたら、お酒でトラブル起こす度にマスコミが騒ぐから、北海道の別荘に追い出されたって訳。」


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