朝焼けののえる-1
目覚まし時計が鳴った時はまだ暗闇だったが、身支度を整えて外に出る頃には空はうっすらと明るくなっていた。アスパラガスの収穫は、早朝の4時頃から始める。朝が早いからと言って夜早く眠れるかと言われれば、そんなに身体は上手く出来ていない。この時期の寝不足は深刻な問題だ。
基本的に陽汰は極度の夜型人間である。夜の闇は脳内のイマジネーションに豊かな彩りを与えてくれる。そのイメージを追いかけている内に日を跨いでしまうのだ。
重たい頭をふらつかせながら納屋に向かうと、庭の外れに一台の車が止まっているのが見えた。
真っ赤なミニクーパー。ルーフとサイドミラーは白黒のブロックチェック。こんな派手な車を乗り回す人物が他にいるはずはなかった。中をのぞき込むと、案の定のえるがいた。
のえるは運転席のリクライニングを深く倒して、目を閉じていた。どうやら眠っているらしい。
なんでのえるがこんな時間にこんな状態で寝ているんだろう?
はてなマークで脳みそを満たしながら、試しに助手席のドアに触れるとすんなりと開いた。あまりにも防犯意識が無くて腹が立った。田舎だって、不届き者はいるんだ。襲われたらどうする。
陽汰は音を立てないように気をつけながら助手席に身体を滑らせた。
ショートボブの色をまた変えたのか。
去年の秋は緑色だったが、年末に黒く染め直した。だがその髪が白くなっている。白髪のような白では無く、艶やかに輝くシルバーアッシュ。現実離れしたその色に、無防備な寝顔。
妖精みたいだ。
目を開けたら、消えてしまうのでは無いかと思い、陽汰は自分の気配をできるだけ消した。こういうのは、得意なはずだった。
しかし、のえるは目を開けた。陽汰はできるだけ身体をドアに押しつけてのえるから離れる。のえるは陽汰に気付いて照れくさそうに微笑んだ。
「おはよう。」
暢気にそんなことを言う。
「おはよう。」
礼儀なので、言葉を返す。
朝の光が靄にゆっくりととかされている。芝生のような小麦畑が本来鮮やかなはずの緑を控えめ抑えて広がっていた。世界はまだ眠っていたいと呟いているように見える。
「なんでここにいるかって聞かないの?」
リクライニングを起こしながらのえるが言う。陽汰は首を傾けた。
「聞いた方が良いんなら。」
本当は聞きたいけれどちょっと格好を付けた。のえるがふっと微笑んだ。いつも過剰なほど尖っているけれど、今日ののえるは弱っている感じがした。水分が足りなくて、しおれてしまった葉のようだ。
「家にいるのがしんどくってさ。」
ぽつりと、そう言った。
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