攻めるんじゃ無い寄り添うんだ

 オフィスに戻る足が重い。それは見奈美も同じようだった。雨上がりの空はすっきりと晴れているが、アスファルトの湿度をムッと膨らませている。暑い。今年最初の真夏日だったなと空を見上げ、ハンカチで汗を拭う。


 「よくわからんわー。なんで高いお金出してリフォームするんやろうか、あの夫婦。」

 降参と言いたいのか、見奈美は両手を空に向けて延ばした。


 「だよねー。このままじゃお金をドブに捨てるようなもんだよ。何の意見もなきゃ、図面も引けない。」


 リフォームを一任された朱音あかねに具体的なプランは何もなかった。リフォームの話を決めたのは達義の方だが、なぜそう決めたのかはさっき聞いて知ったという。夫婦の将来設計を一方的に押しつけられて戸惑う様子も朱音にはなく、人形のような無表情で「特にありません。」という返答を繰り返すばかりだった。


 「このままでは、リフォームの話は進められません。何らかのご希望をお聞きしないと設計図を描くことが出来ないんです。少しお時間を置いて、再度お話し合いをしましょう。」

 美葉は率直にそう告げ、近藤邸を後にした。


 「……美葉さん、この後どう攻めはるつもりなん?」

 見奈美は太めに整えた眉を寄せて聞いてきた。美葉は唸る。


 あの夫婦は、恐らく普段会話がない。その二人の将来を勝手に決めろと突然言われ、朱音は戸惑いもしなかった。一体、どんな関係性なのだろう。

 だが、ずかずかと夫婦間の問題に立ち入っては関係性を悪くしてしまう。デリケートな問題を孕んでいるうえ、朱音はそう易々と心を開いてくれそうにない。


 どう攻める。


 そう呟いた脳裏に、雲の形のテーブルが浮んだ。


 はっと息を吐く。


 攻めるんじゃない。寄り添うんだ。受け止めるんだ。能面のような顔の奥にある、朱音の心を。


 ――正人がそうするように。


 思いがけず浮んだ言葉に、胸がぎゅっと痛くなり美葉は唇を噛んだ。


 正人はあれきり何も言ってこない。と言うことは、あの別れの言葉を受け入れてしまったということだろうか。


 それでいいということなのだろうか。


 「……美葉さん?」


 見奈美の掛けてきた声に我に返る。心配そうな顔でのぞき込んでくる見奈美に、美葉は笑顔で応じた。今は仕事中だと、気持ちを切り替える。


 「とことんより添いましょう、朱音さんの気持ちに。」

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