不思議なリフォーム-2
「えっと……。奥様と旦那様は既にお考えを共有されていて、話を進めるのは奥様と、と言うことですか?」
達義は少し表情を硬くした。
「いえ、そういう訳ではありませんよ。全て妻の一存で結構と言うことです。」
「それはつまり……。」
言いかけた言葉を美葉は一度とめ、頭の中で反芻してから意を決して口に出した。相手を不快にさせてしまうかも知れないが、ここを曖昧にしていては、話がうまく進まないような気がしたからだ。
「これからの将来設計も奥様の一存に任せる、という事ですか?」
達義は虚を突かれたというように一瞬口ごもる。朱音は無表情でテーブルを見つめていた。
この夫婦は、あまり上手く行っていないのではないか。
そんな考えがふと美葉の頭によぎる。
達義はまた、商用の笑みを顔に戻した。
「そういうことになりますね。」
想定外の応答に今度は美葉が虚を突かれる。相手を怒らせるかも知れないと覚悟はしたが、こうもするりと笑顔で肯定されるとは思いもしなかった。達義はチラリと腕時計を見た。やばい、と美葉に焦りが浮ぶ。達義は恐らく本当に多忙なのだろう。今日を逃せば直接意見を交わす機会はなくなってしまう可能性が高い。だが、本心が見えない。このまま、妻と話を進めていいのかどうかの判断もまだ付かない。時計を見たと言うことは、今日この場でさえ中座してしまう可能性がある。
「分かりました。ただ、奥様とお話を勧めさせていただくにしても、旦那様のご要望も具体的にお伺いしたいのですが。例えば、ご自宅で仕事をする書斎のようなスペースが欲しいとか、疲れた身体を休める為にバスルームや寝室に拘りを持ちたいとか……。近藤様のようなご多忙なご夫婦は、お互い気を遣わないように寝室を別にするケースもございます。何か、現時点で頭の片隅にでも思い浮かんでいらっしゃることがあれば、お伝えいただけないでしょうか?」
達義はすっと身体を後ろに引いた。心も同時に閉じたように感じた。表情は、変わらず商用の笑顔のままだが。美葉は焦りすぎたと感じた。達義に警戒心を抱かせてしまったかも知れない。
「何も、ありません。家で仕事をするつもりはありませんので、書斎は作らんで結構です。風呂も寝室も、妻の好きなようにしてやってください。寝室を別にした方がええと妻が言うのなら、そうしていただいて結構です。」
ゆっくりとした口調でそう言い、もう一度時計を見た。今度はチラリとではなく、美葉に見せつけるように。
「そろそろ、仕事に戻らんといけません。後は、妻と話を進めてください。」
達義は一つ頭を下げ、立ち上がった。
チラリとも、妻の顔を見なかった。美葉は達義という人物に不快な感情を抱いた。同時に、放り出されたように俯く朱音が不憫に思えてきた。
――いけない。
美葉は今浮んだ感情を封印しようとする。
この感情は、樹々で正人にされた事をこの夫婦に重ねたものだと気付いたからだ。
美葉は一つ、こっそりと深呼吸した。
では、妻の気持ちに向き合おう。
そう気持ちを切り替える。
「では、奥様は今回のリフォームについて、どのようなご希望をお持ちですか?」
朱音は、そのすっきりとした美しい相貌をピクリとも上げずに答えた。
「特に、ありません。」
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