不思議なリフォーム-1

 近藤達義という人物はフレンチレストランのオーナーだった。京都と大阪に三つの支店を持つ人気店で、雑誌にも時々取り上げられる。価格設定はやや高めの、大人向けのおしゃれな店だ。


 本店は河原町通りにあるが、自宅は少し離れたところにあった。妻の朱音あかねに電話で家の位置を確認すると、本店から見て本能寺の裏手にあると言われた。実際に歩いて行くと、かの有名な本能寺はホテルやビルに囲まれるように建っていて、近藤邸は更に五分ほど歩いた住宅街の一角にあった。広い庭に囲まれたおしゃれな住宅は、この一帯では目立つ存在だろう。リフォームを依頼するにしては、まだ建物もそれほど傷んでいない。


 リビングで近藤夫婦に相対し、その理由は理解できた。二人はまだ五十歳前後で、結婚してから家を建てたと想像すると、築年数は木造建築の耐用年数である三十年に満たないはずだ。


 達義は清潔感溢れる男性で、第一ボタンを開けた白いシャツがよく似合った。長いコック帽も、きっとよく似合うだろうと美葉は想像力を働かせながらそう思う。朱音は夫と同じくらいの年齢で、長い髪を後ろでまとめた上品な女性だった。二人は美葉と見奈美の向かい側に、人一人分隙間を空けて座っていた。


 一通りの挨拶を済ませたところで、美葉は仕事用の手帳を取り出し、本題を切り出した。見奈美は、それよりも少し控えめなメモ帳を開き、真剣な顔でボールペンを構える。見奈美の目的は、美葉と顧客のやり取りから学んだものを書き留めることのようだ。


 「今回のリフォームですが、お考えになった理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

 美葉の問いかけに、達義は控えめな微笑みを浮かべる。商用の笑顔だと感じるが、嫌みのない表情だった。


 「私は、去年五十歳になりましてね。あなたのような若い方には想像はつかんと思いますが、五十代になると、今までの人生をしみじみと振り返るようになるんです。


 ただ、人生百年時代と言われまして、まだまだ折り返し地点でもあります。今後の人生をどう生きていこうか、ということも考えんといけません。


 どうせやったら、リフォームと一緒に考えたらどうやろうとふと思ったんです。漠然と思いをはせるだけやったら、出す答えも曖昧になってしまうけど、リフォームみたいに金がようさんかかるなら真剣になるでしょ。


 どうせ、いつかは必要になるのでしょうし。そやったら真面目に人生設計をしながらと、思ったんですよ。」


 「成る程。」


 美葉は達義と視線を合わせ、大きく頷いた。老後を考えてバリアフリーにしたいとか、子供が独立したから部屋数を減らしたいとか、リフォームの理由は様々だ。その中で初めての理由だが、とても真面目な考えだと美葉は思った。


 「では、具体的な将来像はどのようなものでしょう?是非共有させていただきたいのですが。」

 美葉は身体を前に乗り出したが、達義ははぐらかすように小さく首を傾ける。


 「ただ、僕は殆ど家にいないので、具体的なことは妻に任せようと思っているんです。」


 「え?」

 美葉は、言葉を失う。


 人生をしみじみと振り返り、これからの人生に思いをはせた上で具体的な将来設計の元リフォームを考えたい。そう言っておきながら、内容は妻任せ?この大きな矛盾に戸惑う。

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