男癖の悪い女-4

 「どういう、事?」


 理解できないので、説明を促す。アキは小さく首を傾げた。少し間を置いて答える。


 「……そう、説明されたんです。」

 アキの言葉にやっと、人間らしい感情がこもる。説明に窮して、やっと探し出した言葉のようだ。


 「誰に?」

 「管理人さん……。」


 アキの説明は要領を得ず、健太は思わず溜息をついた。布団についていた肘がのめり込んでいく。


 「ちょっと、その時の状況を詳しく教えて?」


 アキはまた、首を傾げた。


 「家に入ろうとしたら、鍵が開きませんでした。鍵が入らなくて。電話したら、代えたからって言われました。滞納したら、違う人に貸すことになってるって。中の物はって聞いたら、貸したのは鍵だって。勝手に物を入れて処分に困ったって怒られました。」


 健太は頭を抱えた。


 「そこってさ、もしかして敷金礼金がいらなくて、家賃も格安?」

 「……はい。」


 思わず嘆息する。


 アキの下手な説明から想像すると、借りていたのは悪質なゼロ物件だ。敷金礼金がいらず、格安の賃料で部屋をかすが、少しでも家賃を滞納すると「貸していたのは鍵だけ。中の物は不当占拠。」という訳の分からない理屈を突きつけて部屋の鍵を代えてしまうのだ。


 「あんたそれ、まんま信じているのかい?」


 念のため、問いかける。アキは初めて顔を上げて視線を合わせた。切れ長の瞳から焦げ茶色の瞳が覗き、言葉の意味を問いかけている。


 「悪質な物件に引っかかったんだよ。法律違反も良いとこさ。財産を勝手に処分されたって、訴えたって良いんだぜ。」

 アキの瞳が、見る見る大きく見開かれていき、一瞬クシャリと表情が歪んだ。そのまま泣き崩れるのかと思ったが、感情はすぐに顔から消え去り、能面のような顔は俯いて見えなくなった。


 「私が馬鹿だから……。」

 掠れた声で、ぽつりと呟いた。感情の乗らない声音が、却って悲しかった。


 「……大事な物、あったろうにな。ダメ元で、取り返しに行ってみるかい?」

 流石に同情心が芽生えて掛けた言葉に、アキは首を振って応じた。また焦げ茶の髪が揺れる。


 「そんな迷惑、掛けられません。高価な物も、ありませんし……。」

 呟くように言う旋毛を見つめながら、健太は小さく溜息をついた。


 この、危機管理が出来ない女がよく今まで一人で子供を育てていたなと思う。


 正人は、なぜ助けなかったのだろう。


 浮気したとは言え、自分の子供をこの頼りない女に託すことに不安は無かったのだろうか。養育費を払うとか、何かしらの援助を申し出たりしなかったのだろうか。


 そもそも、この頼りない女と未だ一人で生きていけない男との結婚自体、奇妙だ。


 健太は溜息をつき、頭を横に振る。


 過去を憂いても、仕方が無い。

 この頼りない親子が生きていけるように、生活基盤を整えてやらなければならない。


 アキという女は、男癖が悪くて正人がそこに引っかかったわけではなさそうだ。頼りない力で、低賃金ながら一人で必死に働き子供を育ててきた健気な女だと言うことは、間違いない。その証拠に、猛は素直で、躾の行き渡った子供だ。


 本気で、何とかしなければならないな。


 健太は腹にぐっと力を入れた。

 「とりあえずさ、今日は猛の側に嫌って言うほどいてやんな。きっとあいつ、今日一日不安だったと思うぜ?これからのことは、明日、考えよう?」


 健太は布団に預けていた体重を戻し、アキの肩にぽんと手を置いた。


 アキが、びくりと身体を硬直させる。

 健太は慌てて、手を自分の方に引き戻した。

 

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