男癖の悪い女-2

 「台所はここ。シンクの下に、鍋も包丁もある。ガスも使えるし、水道も出る。」

 居間の隣のガラス戸を開け、古いタイル張りの台所を示した。


 この離れは、祖父母が使っていた物だ。祖父は十年前に無くなり、祖母はそのすぐ後に脳梗塞で寝たきりになった。施設に入っていたが、一昨年亡くなった。遺産相続の際、この離れは健太の名義となった。いずれ所帯を持つ時に改築するか取り壊して家を建てるつもりでいる。普段使うことは無いが、たまに親戚が集まるときに寝泊まりできるようライフラインは生かしてあった。


 板張りの廊下に出て、突き当たりとその隣の木戸を指さす。


 「便所は古いが一応水洗だ。風呂も使える。シャンプーの類いは……、あるけど何時のかわかんねぇな。後で家から持ってくるわ。」


 アキは、足音も立てずに後を就いてくる。正直、反応が鈍くてやりにくい。健太は急な階段を上っていく。二階は、六畳の部屋が二部屋並んでいる。


 畳の上に敷いた絨毯は古くて埃を被っている。健太は押し入れを開けた。下段には段ボール箱と掃除機が入っており、上段には布団が数組仕舞われていた。


 「布団は、これを使って。」

 「はい。」

 アキは小さく頷いた。


 「何から何まで、すいません。」


 俯く身体は小さくて、背の高い健太からは旋毛が見えた。茶髪なので染めているのかと思ったが、旋毛は根元から茶色い。地毛の色が薄いのだと分かった。


 切れ長の瞳に細い眉、つんと尖った鼻先の綺麗な顔立ち。きつい印象を与える顔だから、黙っていると不機嫌でふて腐れているように見えた。だが、目の前の女はただただ心細くて小さくなっているのだと分かる。細いながらも胸も尻も良い形で、色気がある。飲み屋にいたら口説きたくなる類いの女かも知れない。


 健太は、押し入れの布団に肘をついた。


 「なぁ、ちょっと聞いても言いかい?」

 「……はい。」

 アキは旋毛を見せたまま、身じろぎもせずに答えた。


 「正人と、結婚してたのはマジで本当の話?」


 「はい。」

 尋問を受けている犯人のように機械的な返答をした。

 「何で、別れることになったのさ。」


 「私が浮気をしたからです。」


 「え……。」

 その内容もさることながら、まるでベルトコンベアから出てきたような機械的な応答にたじろぐ。その旋毛は相変わらず、ピクリとも動かない。


 「浮気……。その男は?」 

 「すぐに、別れました。」


 男癖が悪い女だな。口をついて出そうになった言葉を飲み込む。男を点々と渡り歩いてきた女なのだろうか。正人は、その内の一人なのかもしれない。だったら、まだ情状酌量の余地はあるだろう。初心な正人が悪女に一時騙されていただけなのだと。

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