男癖の悪い女-1

 居間の丸いちゃぶ台の上に、唐揚げ弁当を三つ置いた。香辛料の香りが部屋を満たす。猛は目をまん丸にしてそれを凝視していた。


 「食べな。腹、減ってるベ?」

 健太が言うと、猛は母親の顔を見上げた。

 「ありがとうございます。」

 アキは正座をし、健太に頭を下げた。それから、猛に小さく頷いた。猛は、嬉しそうににっこりと笑ってから、両手を合わせた。


 「いただきます。」


 ペコリと頭を下げてから弁当箱の蓋を開け、箱からはみ出していた唐揚げに齧り付く。この弁当屋の唐揚げは一つ一つが大人の男の握りこぶしよりも大きい。それが4つも入っているのだ。当然、弁当箱に収まりきれないので、はみ出したまま強引に蓋を輪ゴムで止めてある。大きさだけじゃ無い。香辛料がよくきいていて、美味い。


 離れに向かいながら、猛に朝何を食べたのか何気なく聞いた。そもそも昼食を皆で食べるために集まったところに起った騒動だから、猛も昼食を食べていないはずだった。


 「メロンパンです。」


 猛は答えた。

 「こんなに大きいの。」 

 猛が示したのは、直径二十㎝くらいの大きさだった。


 「全部食べたらお腹が痛くなるからね、半分夜食べて、半分朝食べたの。美味しかったよ!」

 嬉しそうに話す傍らで、アキは申し訳なさそうに俯いていた。


 「パン一個買う位しかお金が無くて……。」


 消え入りそうな声でそう言った。と言うことは、アキは昨日の夜から何も食べていないことになる。二人を離れに案内し、自分はすぐに町中の弁当屋に向かったのだった。自分も昼食を食べ損ねたので、腹が減っていた。


 「あんたも食べな。」

 そう言って割り箸を割ったが、アキは小さく首を横に振った。


 「今は……。」


 そう呟いて、俯く。辛気くさいその様子を見て、急激に食欲が萎えた。健太は箸を置き、溜息をついて立ち上がった。


 「したら、この家の中を案内するな。猛、母ちゃんは家の中にいるから心配するな。」

 「はい!」

 慌てて口の中の物を飲み込んでから、猛が答えた。


 健太は猛に親指を立てる。良い子だ。樹々で必死に母を庇おうとした姿は、健太の胸を強く打った。小さな身体で必死に母親を守ろうとする、勇敢な子供だ。そして、とても礼儀正しい。


 こんな良い子を置いて、死のうとするなんて。


 猛が良い子であればあるほど、母親が無責任で愚かに映る。

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