ちょっと怪しい-2

 「ずっと、美葉さんと一緒にいたいです。」


 唇を離した正人が、耳元でささやく。

 「京都に戻れないように、どこかに隠しておきたい。」

 そう言って、強く抱き寄せる。


 二人の関係がマックスに振り切って、急速にデレ期に突入したら、それまでモジモジくんだった正人はストレートに愛を口にするようになった。


 「じゃあ、ポケットに入れておいて欲しい。」

 そう答えると正人はふっと笑い、またキスをした。


 『生きていて良かった。』

 最初の夜に、正人が呟いた。眠りに落ちる寸前の事だった。その言葉が嬉しくて、熱い思いと共に眠りについたような気がする。


 ――生きていて良かった。


 正人にとってその言葉が、どれほど重たいものなのか、自分にはよく分かっている。


 降り積もった雪が全ての音をその白い身体に受け止めて、二人の息遣いしか聞こえなかった夜。あの夜に正人がそう言ってくれたことが、何よりも嬉しかった。


 突然、階段に大きな足音が響き、正人の身体がびくりと揺れた。


 身体を起こし、ドアを見上げて安堵の息を吐く。

 「大丈夫。鍵、作ったんです。」

 ニッと微笑んで親指でドアを指さした。成る程、入り口のドアの上部に小さな閂が取り付けられている。と言うことは、今まで鍵すら無かったと言うことか。工房側の勝手口は常に開いているし、防犯意識が薄すぎる。


 「おーい、正人ー!!」

 どんどんと扉を叩く声の主は、健太だ。


 「はーい。なんだい?」

 「なんだいじゃないぜー。飲もうぜ!正月なんだから!」

 どんどん、とまたドアを叩く。正人は困ったような顔を美葉に向けた。

 「ちょっと待ってて。今、開けるから。」

 そう言ってから、名残惜しそうに唇を寄せた。


 「お預け、ですね……。」


 正人の息が唇にかかる。美葉は何も感じていないような素振りで頷いた。内側に起こった熱をおさめるように下着を身につけ、急いで服を着て、布団を畳む。


 正人が立ち上がって、鍵を開けた。それから戻ってきて、何故か正座をする。自分も正座をしているが。二人の間には、二メートル以上の不自然な距離がある。


 「明けましておめでとう。」

 美葉は目をそらしながら片手を上げた。


 「あ……おめでと……。」

 健太は、美葉と正人、そして室内を代わる代わる見ながら言葉を失った。


 友達に知られるのも、これはこれでかなり恥ずかしい。


 美葉は自分の顔がほてってくるのを感じ、隠すように俯いた。


 「正人……、スウェット、前と後ろが逆な上に、裏っ返し……。」

 ゆっくりと、人差し指を正人に向ける。正人は自分の胸元を引っ張り、あ、と声を上げた。急いで服を脱ぎ、着直す。


 「脱ぎ方が悪いんだよ。きっと。」

 思わず指摘すると、正人はポリポリ頬を掻いた。

 「洗濯機に入れるときは、表に返すようにしているんですけど……。」

 「時々、裏っ返しの時あるよ。」 

 「本当ですかっ!気をつけますね!」

 俯いたその顔が可愛くて、微笑んでしまう。


 「おいおいおいおいー。その、妙にデレッとした空気。妙な距離感。普段畳んだこと無い布団が畳まれてて、しかも新品。絨毯まで新品。これって、まさか……。」

 健太が交互に指を指してくる。美葉は、視線を彷徨わせながら左手の甲を見せた。


 「えっと、私たち、婚約しました。」 

 婚約指輪は、まだ無いけど。


 「ま……まじか……。」

 健太は小さく呟いた。その顔が、みるみる赤くなっていく。そして、おもむろに後ろを向いた。


 ぐすっと、鼻を啜る音がする。

 健太は、泣き顔を見られるのが嫌いだ。


 心配掛けてたんだな。そう思うと、じんと胸が熱くなる。


 高校を卒業して家業の農家を継いだ健太は、正人とは親友と呼べるほど仲がいい。敬語が嫌いな健太が仕込んだせいもあり、正人が唯一ため口で話すのが健太だ。健太はずっと正人の気持ちを知っていて、やきもきしながら見守っていたのだろう。


 「祝杯だな!」

 服の袖で涙を拭いた健太は振り返り、大きな口でニッと笑った。

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