仲間達-1
家具工房
樹々のショールームは、珍しい作りをしている。
体育館の入り口は、流木の取っ手と古材の扉。中に入ると、広いリビングのような空間が広がる。
そこには雲の形をした5人掛けの大きなテーブルにそれぞれ形の違う椅子、ソファーセットと窓の外を見ながらくつろげるカウンターテーブルが並び、それらの家具をまとめ上げるように、木製のキッチンとキャビネットが鎮座する。
ショールームを訪れた客達は、そこでいくらでも休んでいっていい。コーヒーは無料で飲む事ができる。但しセルフサービス。キッチンで湯を沸かしミルで豆を挽く。食器はキャビネットにある木製のマグカップを使う。
飲み終わったらキッチンで食器を洗い、キャビネットに戻すのがルール。
カフェコーナーの奥はベッドルームになっている。シングルサイズのベッドに横たわると天井にプラネタリウムが映し出される。
ベッドルームの奥はキッズルーム。勉強机やおもちゃがたくさん入ったキャビネット、絵本の本棚に、ボルダリングが出来る壁。子供連れの客がくつろいだり、落ち着いて商談できるように子供がのびのび遊べる場所を作った。
ドライブの立ち寄りスペースとしても人気で、マグカップなど小物製品の売れ行きはそこそこ好調なのだ。もっとも、去年はショールームを閉じてしまっていたが。
実家に戻ってきていた佳音と錬は、四月に籍を入れる予定で、佳音のお腹には子供がいる。まだ妊娠初期なのでお腹は目立たない。
美葉と佳音は、お互いの姿を見付けると、当然のごとく抱き合って再会を喜ぶ。
「佳音に負担、掛けてないでしょうね。」
美葉はそう言って、錬の腹にげんこつを入れた。
「大事にしてるから、安心して。お願いだから、もう殴んないで。」
錬は人の良さそうな、小さな瞳を細めて笑う。
錬がここにいることが、何よりも嬉しい。
佳音から少し遅れて、陽汰がやってきた。佳音や美葉よりも頭一つ小さい。この間まで、くせ毛の前髪を分厚く顔の前に垂らして顔半分を隠していたが、今日はツーブロックに整えた上でサイドの髪と前髪をすっきりとまとめている。きっと、照れくさいと思うだろうから指摘しないが、陽汰は実は凄いイケメンだった。そりゃあそうだ。この地域の二大イケメンは正人と陽汰の兄悠人だ。その兄のチャームポイントである黒目がちな二重の瞳を、陽汰も前髪の下に隠していたのだから。
陽汰は入り口で振り返り、外に向かって手招きをする。すると、遠慮がちに背の高い女性が現われた。
「のえる!」
美葉は思わず叫んだ。のえるは大きく両手を広げ、美葉に抱きついてくる。その様子に、陽汰が誰よりも呆気にとられている。
「会いたかったー!一緒にお酒の飲もうって約束、やっと叶ったー!」
モデルのように小さな顔を、人懐っこく崩している。今日は、派手なメイクはしていない。
陽汰とのえるは、ku-onという音楽ユニットとして近々メジャーデビューする予定だ。
美葉、佳音、健太、錬、陽汰の五人は同級生で、この小学校最後の卒業生だ。しかも、一クラスたった五人の卒業生である。
佳音と錬は札幌。健太と陽汰は当別、美葉は京都というように、今は離れて暮らしている。だが、いくら距離が離れていようとも、心は強い絆で結ばれているのだ。
それぞれが久しぶりに顔を見合せ、頷きあった時だった。
「椅子が足りないですね、取ってきます。」
そう言って正人が工房に向かった。正人の言葉をきっかけとするように、それぞれが持ち寄った物をテーブルに並べて始めた。
佳音はうま煮と黒豆を得意そうな顔でテーブルに乗せる。
「これ、佳音が作ったの?」
美葉が問うと、佳音はふっくらとした胸をつんと反らせて威張る。
「そうよ。今年は、黒豆とうま煮に挑戦したの。来年から、少しずつ品数を増やして行けたらなーって。」
「やだっ!新妻感全開!」
佳音を肘でつつくと、錬がしみじみ言う。
「佳音のうま煮、美味しいんだよなー。これ、アレンジしたらパンにも合うんじゃ無いかな。」
「でた、パンオタク!」
佳音が錬を指さして笑う。
「へー、錬君ってパンオタクなの?」
のえるはそう言いながら、紙袋から青い缶を取り出した。その美しさに、思わず目を奪われる。
丸い月と天の川の下で、冠を被った猫と王子様らしいリスが向かい合っている。缶を開けると、ちょっと無愛想な顔をした猫型のクッキーや、アーモンドたっぷりのフロランタン、ココアクッキーなどがぎっしり詰まっていた。
「可愛い!」
佳音と美葉の歓声が合わさる。
「これね、桃香ちゃんが食べられるようにと思って、円山にある玉子とか小麦を使ってないお店で買ってきたの。多分、皆で集まると思うって陽汰から聞いたから、皆にも。アレルギー対応と思えないくらい丁寧で美味しい味なのよ。」
「わぁ、桃ちゃん、喜んだでしょ?」
「それがね……。」
のえるは困ったように眉を寄せた。
「私こんな身なりだからさ、警戒されてんのか会ってくれなくて。」
桃香は、悠人の妻千紗の連れ子で、重篤なアレルギー体質だ。今年で11歳になるが、正人が電磁波シールドを張り巡らせた部屋から殆ど出てこない。学校には行くが、柔軟剤の使用を控えるように通達を受けたクラスメートから避けられるようになり、友達はいないようだ。
埃やカビで激しい咳が出るし、電磁波で頭痛を起こすので行動も制限される。そんな生活の中で桃香はひねくれていった。
千紗がアレルギーを気にして山小屋に籠もる生活をし、初等教育を受けないまま町の小学校に通うことになったのも、ストレスだったようだ。母子二人きりの生活から突然集団生活に放り込まれたのだから無理もない。
「ほっとけばいいんだよ、あんな奴。」
ムスッとした顔で、陽汰が言う。千紗と桃香は、夫以外の家族と上手くいっているとは言いがたいようだった。
皆が持ち寄った物でテーブルが賑やかになっても、正人は戻ってこない。
「正人さん、見てくるね。」
美葉は小走りにリビングルームを抜け、工房へ続く扉を開けた。
そして、思わず立ち止まった。
正人が蹲り、椅子の背もたれに額を預けていた。窓から差し込む夕焼けの光が、正人の顔に影を落とす。その顔は、なにかに苦しめられているように歪んでいた。
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