正人が失敗した理由-1

 さっきから何か言いたげにしている気配を、美葉は頬の辺りに感じていた。それは、二人の間に小さな間が出来ると常に起こる気配であった。正人が何を言いたいのか、何故言いよどんでいるのか美葉には分かっている。顔を見たら言い出しにくいだろうから、気付かないふりをして天井を見ていた。


 板張りの天井はすすけて黒ずんでいる。小学校が建ったのは明治時代の後半だったはず。この宿直室はいつからあるのだろう。天井のあちこちには蜘蛛の巣の残骸がある。掃除も殆どしていないのだろうな。そんなことをぼんやりと考えていた。


 頬に正人の肩があり、その体温を感じていたら、正人が言いたいことなどどうでも良いような気がして来た。だが、正人はそれをうやむやには出来ないのだろう。だからといって、口に出す勇気も無い。真面目さと意気地なしさが正人らしくて、唇の端が持ち上がってしまう。


 正人がふうっと息を吐き、胸板が沈んだ。


 「あの……、美葉さん。」

 やっと、意を決したか。

 「なあに?」

 その思いを押し隠して応じる。


 「あの……。」

 そう言いかけて、口を閉じる。じれったくて、笑い出しそうになる。正人はもう一度大きく息を吐いた。


 「……ごめんなさい……。」


 「何が?」

 意地が悪いかな、と思いつつそう答えてみる。正人の腕が、自分の顔の方へ動く。ほっぺたを掻いたのだろう。


 「樹々を、駄目にしてしまって。その事を放りっぱなしにして、美葉さんに尻拭いをさせてしまって……。」


 「いいよ、もう。」

 内容だけでは無く、正人が言うだろうと予想していた言葉と一語一句同じで、噴き出しそうになった。


 「全部、何とかなったんだからそれでいいじゃ無い。」


 何とかするのはなかなか大変だったけれど、何とかなったからもうどうでも良い。でも、二度と同じ過ちを犯さないために、反省会は必要なのかも知れない。そう思い、正人を上目遣いに見た。


 「……なんで、あんな無茶な注文の受け方しちゃったの?」


 がりがりがり、と頬を掻く振動が自分の頬に伝わる。

 「……欲を、かいてしまいました……。」

 もぞもぞとした声で、そう言う。


 「欲?」

 「はい……。」

 肩に力が入ったのを、頬に感じる。


 「美葉さんに、できるだけ沢山お給料を払えるようになりたいな、とか。……その……、もしお嫁さんになってくれるとしたら、少しでも良い暮らしをさせてあげたいな、とか……。」


 「え?」


 意外な答えに、思わず顔を上げて正人を見た。正人も自分の方に顔を向けたので、一瞬視線が絡む。しかし正人の視線は大海原を泳いでいた。


 「……そもそも、樹々にはそんなに家具の注文は来ませんから、美葉さんが示していた上限まで仕事を受けることはありませんでした。それでも、家具は単価が高いし利益率も高いので、贅沢しなければ暮らしていける。その状態を維持することが出来ていました。それに、慢心してしまったんです。」

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