正人が失敗した理由-2
正人は仕事の段取りを組むのが極端に苦手で、頭の中はすぐにキャパオーバーになる。
美葉は京都に旅立つ前に、正人が独りで何とか家具作りと経営をこなせるように、一月に受けて良い注文の上限を設けていた。かなりの低め設定で。それでも最初のうちは複数の注文が入ると混乱してしまっていたので、月に一度は帰省して修正していた。
人は学習する生き物で、正人は人よりも何百倍も時間は掛かったが同時処理が出来るようになり、通常の樹々のペースなら自力で運営できるようになった。
その事に自信を持つのは、良いことだと思う。
「健太が誘致したテレビ番組のお陰で工房がちょっと有名になって、注文の数が増えたんです。それで、美葉さんの示した上限まで仕事を受けるようになりました。最初は忙しかったですけど、慣れたら少し余裕があって、もう一件多く受けても大丈夫かなって思いました。一件受けても何とかなったので、もう一件増やしてみました。それでも、ギリギリ行けそうだったので、もう一件くらいなら何とかなるかなって思いました。でも、駄目でした……。」
美葉は小さく頷いた。予想していた通りだ。上限を三件超えたら、多分正人の頭はその仕事量について行けなくなる。そうなると、砂の城が崩れるように正人の全てが破綻する。
「段取りが狂って、今まで回っていた仕事までいつも以上に時間が掛かるようになりました。取り返すために夜遅くまで仕事をするようになって、生活リズムが狂い出しました。寝不足と栄養不足で頭が回らなくなって、余計上手く行かなくなるっていう悪循環に陥ってしまって……。」
「だろうな、と思ってた。早めに助けを求めてくれたら良かったのに。」
「それが……。格好悪い所を美葉さんに見られたくなくて、何とかしようと足掻いているうちにどんどん状況が悪化してしまい……。」
がりがりがり、とまた頬を掻いている。
「見栄を張って注文受けて、意地を張って助けを求めなかったんだね。」
「はい……。」
シュンとした声で正人が答えた。同時に肩が脱力する。
美葉はなんとなく掛け布団から手を出してすすけた天井に翳した。
「私も一緒だなぁ……。」
そう呟くと、正人の頭が自分に向いた。
「早く一人前になって正人さんの元に帰りたくて、必死で仕事を受けてたな。どんどん舞い込む仕事を意地になってこなして、先輩に認められたくて実力以上にいい物を作ろうと必死に見栄を張って。……佳音に怒られたよ。」
「佳音さんに?」
「そう。うちの白衣の天使にね。自律神経の乱れと栄養不足。このままじゃ病気になるよって。」
「え、美葉さん、体調悪いんですか!?」
正人が顔をのぞき込んでくる。オロオロした表情に、思わず笑ってしまう。
「まだ、大丈夫。……でも、私も正人さんを怒れないな。いつも気を張っているから眠れなくなっちゃって、机に向かって寝落ちするのが常態化してね。まぁ、会社に行くから昼夜逆転はしないけど。食事も栄養補助ゼリーばっかりで、固形物が入らなくなっちゃって。」
「今も、ですか?」
自分の頬を掻いていた手が、美葉の頬に触れる。心配そうな顔に、美葉は微笑み返した。
「正人さんに会って、改善したよ。健康のためにも、早く当別に帰ってこなくちゃね。」
「ええ、そうです。美葉さんが病気になったら大変です!」
「側に居たら、正人さんが困っているのもすぐに分かるしね。」
「……困らないように、したいんですけど。」
正人はまた自分の頬に手を戻してポリポリと掻いた。美葉は正人の肩に頬を埋めた。
「今回の失敗で、私は一番大切なものを見付けた。だから、もういいの。これからは二人で樹々を育てていこう。」
しっとりとした肩から、正人のぬくもりを感じる。
「僕は今回の失敗で、自分の不甲斐なさを直視することになり、あまりにもみっともなくて……恥ずかしくて仕方在りません……。」
シュンと呟く正人の胸に手の平を置く。
「傷が大きくなりすぎただけだよ。これからは、大変な事になる前に私が何とかするから大丈夫。」
急に睡魔に襲われて、目を閉じる。
「そんな……。美葉さんにおんぶに抱っこのままじゃ……。」
正人の頼りない呟きが聞こえた。
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