初詣でのプロポーズ

 小学校の裏手に、小さな神社がある。元旦の昼下がり、美葉は正人とそこで手を合せていた。


 美葉の願い事は、一つだった。「自分と正人と和夫の三人が、本当の家族になれますように。」それだけだ。願い事が終わり顔を上げると、右隣の正人はまだ真剣な表情で目を閉じていた。


 以前正人に「神社で願い事をするときは郵便番号と住所、電話番号も伝えないと神様に失礼だ。」と言われた事がある。住所を伝えておかないと神様が願い事を叶えようと思った時に探し回らなければならず、それはとても失礼だから、と言うのが正人の解釈だった。


後で調べてみると、願い事の前に自分の名前と住所を告げる事は神様へのご挨拶であり、礼儀であるようだ。もちろん、郵便番号と電話番号はいらない。神様は住所が分からなくたって願い事を叶えるときは叶えてくれるだろうし、駄目なときは駄目なのだと思う。


 この冬は雪の降り始めが遅かったようだ。だがもう、腰の高さまで雪が積もっている。参道は綺麗に除雪されているが、参道を囲む低木は雪に埋もれていた。キンと冷えた空気は嫌いでは無い。京都の寒さのように、骨身にしみるようなものではない。潔く冷えて肌を刺すような冷たさが却って心地よい。


 正人の長い睫が自分の吐く白い息で時々かすんでいる。


 何を一生懸命祈っているんだろう。知りたくて、うずうずする。


 おもむろに、正人が顔を上げた。そして、真剣な顔で社に向かって一礼すると、くるりと勢いよく美葉に向き直った。


 「美葉さん、結婚してください。」


 「あ、え、ええ……?」

 いきなりの言葉に驚いておかしな声を上げてしまう。正人は真剣な眼差しを向けている。正人の言葉がやっと胸に届き、急速に膨らんで行く。頷こうとしたその時、正人が言葉を継いだ。


 「溜まっている仕事を片付けて、樹々の経営が持ち直し、グーグル検索での口コミで星三つ以上が星二つ以下を上回り、美葉さんにサラリーマンの平均月収と同等の給料を支払えるようになり、あ、勿論社会保険完備ですよ、ボーナスは二月分を年二回です。はれてそのような状態になれたら、僕と結婚してください。」


 「えー……。」

 思い切り落胆の声を上げる。さっと、正人の顔が不安に曇った。

 「今すぐじゃ無いの?」


 そんなの、何時になるかわから無い。社会補償完備でサラリーマンの平均月収と同等の給料を払えるようになるなんて、何年先の話だ。正人は一人しかいないのだから、作れる家具の個数は決まっている。そんな日は永遠に来ないかも知れない。頬を膨らまして抗議の言葉を投げると、正人は目を大きく見開いた。その顔が、みるみる赤くなっていく。


 「い、今すぐは……。だって、工房は一度駄目になっていますし、ネットにも悪評が載ってますし。まずは、信頼を回復するところから始めないと……。」

 「それを、二人でするんじゃ無いの?」

 真っ赤になって俯いてしまった正人の顔をのぞき込む。


 「もう一度、樹々を作り上げるんだよ、わくわくするよね。正人さんと私がタックを組んで、心を込めていい仕事を積み重ねていけば、悪評なんていくらでも上書きできるわ。」

 「美葉さん……。」

 顔を上げた正人の両目がうるうると揺れている。


 「でもそれじゃ、あまりにも……。」

 正人の唇に人差し指を当て、言葉を止める。


 「自分が情けなくって、言いたいんでしょ?知ってるってば、正人さんが情けないことも計画性が無いことも。でも、それをカバーできるのが私。正人さんが実力を発揮できるように仕事をコーディネートする。二人は最強のコンビよ。そうやって、丁寧な仕事をしていたら、私たちの提供した家具や空間が使う人の活力になる。幸せを求める原動力になる。『人を幸せにする家具』って、そういうものだと思う。」


 正人の唇が閉じられて、ぐっとへの字に曲がった。多分、この後大量の涙を流すはずだ。


 「それにね、この間久しぶりに三人でご飯食べたでしょ?お父さんと、正人さんと、私。私たち、もう家族同然じゃ無い?この三人が本当の家族になったら、幸せだなーって思ったの。」


 「ぼ、僕もそう、思っていました。」

 正人の瞳から、決壊したように涙があふれ出す。慌てて、ポケットからハンカチを取り出した。涙と共に、鼻水も流れ出す。


 「美葉さん、大好きです、結婚してください!」


 正人がそう言って、顔を近づけてくる。慌てて、おでこを指で押した。

 「こんなところでキスしたら駄目。明日には町中の噂になっちゃう。……何よりもまず、鼻水を拭いてください。」


 美葉はハンカチを正人の手の中に押し込んだ。

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