受け止めて欲しい-2

 ふわりと、木の香りがした。


 「……僕もです。」

 興奮したように正人の胸が大きく上下に動いた。


 「僕も、高校から帰ってきた制服姿の美葉さんが、この扉の前にいつの間にか立っていて、『ただいま』って笑ってくれる、その笑顔が大好きでした。」


 「嘘……。」


 感激で、胸が熱くなる。正人の背に自然に腕が伸びる。その体温をもっと感じたくなった。


 はっと正人が息を吐き、突然突き放すように身体を離した。急に正人の体温が遠ざかり、冷気を痛烈に感じる。


 「す、すいません。お、思わずその……。」


 正人は何故かとても慌てており、腕を上げたり下げたりしている。

 「き、気持ち悪いですよね、抱きついたりしたら……。」


 顔を赤くして俯いている。美葉はぽかんと口を開けた。

 「別に……、気持ち悪くないよ。むしろ、嬉しい……かも。」

 そう言ってから、自分の発した言葉があまりにも恥ずかしくて、床に視線を落とす。フローリングの床には、羽のような木片が散らばっている。


 正人は落ち着かない様子でストーブの前を右往左往しはじめた。美葉は無言でその姿を見つめた。


行方の定まらない空気が二人の間に流れる。


 しばらくして、正人は立ち止まりポリポリと頬を掻いた。


 「美、美葉さん、親父さん心配していませんか?もう、遅い時間ですし……。疲れているでしょう?」

 しどろもどろな正人の言葉に、美葉は唇を噛みしめた。


 思った通り、正人は深夜訪れた女と何食わぬ顔で時を過ごす事は出来ないようだった。それは仕方の無いことかも知れない。29歳になる正人は、恐ろしいほど奥手だ。高校を卒業する間際になんとなく自分への想いに気付いたが、その後丸6年「好き」の「す」の字も伝えることが出来なかった。ずっとその言葉を待っていたが、結局自分の方から想いを伝えることになった。


 しかし、自分もまた、奥手な正人をリードできるほど恋愛経験があるわけでは無い。高校を卒業して京都でスペースデザイナーになるべく仕事に打ち込み、恋愛とは無縁な生活を送っていたのだ。


 やはり、いきなりこのシチュエーションは無理があった。でも、無心に駆けつけたこの心を無駄にして欲しくは無かった。


 「お父さんに、今日帰るって言ってないよ。」


 俯いたまま、美葉は言った。正人がはっと小さく息を吐いた。


 「正人さんと一緒にいたくて、その一心で、仕事が終わってすぐに伊丹空港に行ったの。」

 「い、一緒に……?」


 正人が困惑しているのが、額に感じる空気で分かる。手放しで喜んでくれとは言わないが、困ったと思われたのが悲しかった。


 「一緒にって……。だって……。美葉さんとこんな夜遅くに一緒にいたら、僕だって……。」


 もごもごとした声は、ざくざくと心をひっかいていく。唇を噛んで黙り込んだ。


 「僕、美葉さんが嫌だと思うこと、したくないですし……。」

 なおも続く不明瞭な声に美葉の何かがプチンと跳ねた。

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