受け止めて欲しい-3

 「僕、美葉さんが嫌だと思うこと、したくないですし……。」

 なおも続く不明瞭な声に美葉の何かがプチンと跳ねた。


 「嫌じゃ無いって、言ってるでしょ!」


 気が付くと強い声でそう言って、両手で正人の胸を押していた。勢いで正人の身体がよろめく。


 「少しでも沢山正人さんと一緒にいたくて帰ってきたのに!馬鹿!」

 ポロリと涙がこぼれ、慌ててコートの袖で拭いた。そのまま正人に背を向けて、キャリーケースを掴む。


 「帰る!」


 ぐしゃぐしゃになった心とキャリーケースを引っ張り、勝手口へ向かう。もう父は寝ているだろう。深夜に行くあてを無くすかも知れないが、このまま正人と対峙するよりましな気がした。


大股に二歩歩き、木片を一つ踏み潰した時だった。


 正人の手が、美葉の腕を掴んだ。


 「嫌です!」

 正人が叫んだ。


 「行かないでください!美葉さん。僕も、美葉さんと一緒にいたいです!」


 美葉は、掴まれていない方の指で涙を拭ってから、正人の方を振り返った。正人は首から上を真っ赤に染めていた。唇はきつく引き締められ、細められた瞳に強い力が宿っている。その眼差しを受け止めて心臓が小さく震える。


 「……約束、しましたよね。今度会ったときは、僕の方から伝えるって。」

 正人の口から、白い息と共に震える声が漏れた。


 「僕は、美葉さんのことが、好きです。」


 正人の声は震えてうわずっていたが、熱い力を帯びていた。美葉の胸も熱くなる。


 「私も、正人さんが好きよ。ずっと、ずっと好きだった。」


 正人の唇がほっと綻ぶ。


 「僕も、ずっとずーーっと好きでした。」

 「知ってた。……もっと早く言ってくれたら良かったのに。」

 「す、すいません……。」


 ぽりぽりと頬を掻いた。困ったときの、正人の癖だ。愛おしさが込み上げてくる。


 「その分、これからは沢山言ってね。」

 「はい!」


 直立不動の姿勢で言う。小学生のようだと思い、吹き出してしまう。正人は照れたようにまた頬を掻き、それから真剣な眼差しを向けた。


 「美葉さん、好きです!……大好きです!」


 そう言いながら、震える腕を伸ばしてくる。その速度があまりにも遅くて、受け入れ体制に入っていた美葉の頬が先に正人の胸に付いた。汗でしっとりと濡れた身体から、ふわりと甘い木香が漂う。正人の腕が、そっと背中を包む。壊れそうな骨董品になったような気分だ。美葉も正人の背に腕を回した。手の平に伝わる正人の体温は自分のものよりも温かい。


 正人が少し身体をかがめた。視線をあげると正人のすっと通った鼻筋があり、その近さにドキリとする。正人の瞳に躊躇いを見付け、美葉はそっと目を閉じた。誘うような事をしておきながら、身体が小さく震える。正人の息が頬にかかり、そのぬくもりが唇に触れた。

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