第10節 赤髪少女と首席

赤髪のポニーテールに琥珀色の瞳、健康的な体格に出てるところ出て引っ込むところはしっかり引っ込んでいる少女。

俺の記憶の中でこの赤髪少女と待つ約束をした覚えがない。それどころか赤髪少女の名前すら覚えがない。


「誰って、クラスで自己紹介したでしょ! ルクリナ・エフォートよ!」


「クラス全員の名前を覚えれるわけないだろ」


実際は全員覚えていなかったが。


「首席なんだから覚えておきなさいよ!」


「覚えたとろこで何か俺に得があるのか?」


ルクリナは一歩たじろぐが首を横に振って体勢を戻した。


「あ、あるわよ」


「なら例を上げてくれ。内容によっては検討するかもしれん」


「な、何よそれ! まるで私達を値踏みしてるみたいじゃない!」


「そう思うのはお前の勝手だが、とりあえず寮近くで大声出すのやめろ。普通に考えて迷惑極まりない」


ルクリナは歯を食いしばり、ブランクは小さく吐息を吐いた。


「それでなんだ? 俺に用なら手短にしてくれ」


ルクリナはぷいっと横に向いて瞳を俺に向けて睨みつけた。


「私と決闘しなさい、ブランク・フィルロッド」


「……は?」


ただでさえこっちは大賢者との決闘と反省文で疲れてるいるのに。というかどうして俺と決闘するんだ?


「俺と決闘する目的が分からん」


「ふん。あなたは羽翼の魔導士を打ち負かしたみたいね。一応あなたにも聞くけど本当なの?」


「ああ、そうだ。それがどうした?」


「魔導士でもない魔法見習いが羽翼の魔導士を負けるわけないでしょ。その卑怯な手を私が暴いてあげる」


「……ふむ」


ルクリナは俺がウルハラ教師を負かしたことを信じていないのか。だが、一概の魔法見習いがそこまですることか。


「なぜそこまでする?」


するとさっきまで敵意むき出しのルクリナが惚けた顔つきになり、まるで恋する乙女のように両手を握った。


「決まってるじゃない。あの羽翼の魔導士ウルハラ様が敗北を喫するわけないわ」


「…………は?」


「強くて優しくて誰にでも笑顔で接してくれて、それでいて誠実でかっこよくて私の憧れ人なの」


くねくねと柔軟に動くその姿は少し気持ち悪く思えた。いや、それよりもウルハラ教師が強くて優しくて誠実だと?

強いのは確かだが負けず嫌いなだけで、優しさなんて自慢話を話したくて絡んでくるだけで、誠実はどこの噂か知らんが、酒癖悪いし仕事は押し付けるしで、なんで教師してるんだって言いたくなるレベルだぞ。

そんなウルハラ教師が仕事のできる完璧イケメン教師だなんて……身の毛がよだつんだか。


「……付き合ってられん」


今日一日分の疲労で早く寝たかったし、新しい魔法の詠唱文を書き留めたいで構う暇がない。

俺はそっと横を通り過ぎようとするが、貴様は逃がさんといった感じで強く腕を握り締められた。


「逃がさないわよ」


ルクリナの鋭い目つきにため息をついて首だけ振り返る。


「なんだ」


「まだ話は終わってないわ」


「悪いがウルハラ教師の自慢話は他所でやってくれ。俺は今日一日で腹いっぱいなんだ」


「はいかイエスか答えなさい」


「受ける選択肢以外もくれ」


俺は掴まれた腕を強引に解くとルクリナは「きゃ」と小さく声を出して尻もちをつく。

無理やり解いたのは申し訳ないが、あっちから掴みかかってきたから不可抗力だ。視線を寮に移し一歩足を前に出そうとするが。


「ま、待ちなさい! 沈む大地の沼エルデモーア!」


足元の石畳が粘土のように変形し、俺は地面へと引きずり込まれて頭だけ地面から出た状態になる。傍から見たら体を張った地質調査かと言われそうな光景だ。

だが、首席のブランクなら容易く抜け……


「おい。早く魔法を解け」


が、そうでもない。

よくよく考えれば地面の中で魔法の杖を普通は振ることなど出来ない。それにもう一つブランクが魔法を使わない理由があった。

ルクリナは額の汗を腕で拭って頭のみのブランクを見下ろす。


「あんたが逃げるからでしょ」


「逃げたんじゃなくて面倒だから関わる気がなかっただけだ」


「それを逃げてるっていうのよ。それより決闘の返事はもちろんハイよね?」


「脅しに強制は他人を傷つけるぞ」


「クラスで冷たい態度をとったあなたに言われたくないわよ。首席だからってそんなに偉ぶりたいわけ?」


嫉妬と怒りが混じった黒いオーラがブランクの目に映る。しかし、ブランクは露ほども気にしない。


「新しい詠唱文の邪魔されたくないからな。それに無理に誰かと話題を合わせるのって疲れるだろ」


「ほんとデリカシーのない奴ね! クラスの輪ってもの大事にしないといつか孤独になるわよ!」


「元々俺はそういう性格だ。他人に自分の生き方を押し付ける方が、それこそデリカシーがない」


彼女のオーラは怒り一色に染まっていき、おもむろに杖を俺に向ける。


「少し痛い目みないとダメみたいね」


「……そっちがその気ならこっちも対策がある」


「あら地面の中から魔法でも使うの?」


「使わない。もっと合理的な方法で解決する」


ブランクは吸えるだけ息を吸って大きく叫んだ。


「寮母さん! 魔法見習いに無理やり地面に埋められてます!」


レッドボウの一部屋が明かりが消えてここからでも分かるほど足音がドタドタと聞こえてくる。

ルクリナは大きく目を見開いて動揺を露わにする。


「な!?」


「分かってるだろうが魔法見習いが許可なく魔法を使ったら処罰をくらう。大方が謹慎処分だが、下手したら退学って線もある」


「な、な、な……」


「早く魔法を解かないと最悪なことになるぞ」


「で、でも……魔力残滓が残るでしょ」


ルクリナのいう魔力残滓は魔法を使うと僅かに残る見えないホコリのような物だ。

強力な魔法文字ルーンを使うほど魔力残滓が大きく残り、魔導士は『魔力を見る』魔法を使って魔法の痕跡を見つける。

また人の顔が違うように魔力もそれぞれ違うので、すぐに誰が使ったかが分かるとの事だ。


「確かに残るな。今のままだとお前が魔法を使った事実は消えない」


「……っ」


魔法を許可なく使ったルクリナに非がある。

それに俺に付きまとうことを考慮すれば助ける道理はない。

しかし、ルクリナは俯いて覚悟したかのように唇を噛む。悔しい、後悔、そんな感情がブランクの目に写った。

ブランクは小さくため息をついて言葉にした。


「誰にも喋らないって約束するなら方法はある」


「……それってなに?」


「説明はあとだ。まずは俺を地面から出してくれ」


ブランクの言われた通りにルクリナはブランクを地面から出した。土で汚れた制服を軽く払って学生鞄から布に包まれた何かを取り出す。


「話は合わせてくれ」


ブランクが起こしたその光景はルクリナの記憶にとても鮮明に残る一枚となった。

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首席の俺がニート大賢者の下僕になった件について 冬油はこ @Toyuhako

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