第9節 質問と答え

「まず一つ目だが紅茶の感想を聞かせてくれ」


その質問に大賢者はキョトンとした顔で不思議そうに凝視する。


「もっと別のこと聞いてくると思ったんだけど……予想外過ぎて二秒固まっちゃったよ。でも本当に一つ目の質問が紅茶の感想でいいの?」


脳がイカれちゃったっと聞いてくるが、俺の脳は正常だし、質問の内容は間違っていない。


「俺にとってこの質問は最重要事項だ。たとえいま大賢者になれるとしてもこれだけは先に聞いておかなきゃならない」


その鬼気迫る気迫に大賢者は僅かに気圧されて頷いた。


「じゃあ一つ目の質問は紅茶の感想ね。えーと、うーん……すごく美味しかった」


「他には?」


「ええ? 美味しい意外に感想ないよ」


「舌に転がる甘みとか、コクと渋みが控えめとか、口当たりがマイルドとか、高貴な香りとか、ミルクを入れると違った味わいになるとか、色々あるだろ?」


「私の舌は美味しいか不味いかの二択しかないんだけど」


「味のことをしっかり思い出してくれ。でないと俺が死ぬ」


「紅茶の感想だけで生死が決まるのおかしくない?」


「たかが感想と侮るな。その感想が世界の命運を握ってることだってあるんだ」


「下僕の言ってることが全然理解できないよ」


何度か大賢者に説得して、なんとか感想を紙に書いてもらうことが出来た。


「それで二つ目の質問は?」


眉をひそめてちょっと不機嫌そうに口を尖らせる。


「大賢者は不老不死なのか?」


すると大賢者は露骨に唸り声を上げて、瞼を何度もパチパチする。少しして小さく鼻息をついてこちらに顔を向けた。


「そうだよ。でも不老ではあっても不死じゃないんだよね」


不老不死。完全ではないが不老というだけでも相当すごいものだ。だが、それは証明があってのものだ。


「何か不老の証明になるものないか?」


「ない。証明になるもの百年前に全部焼き払ったから」


「……ないと信じれないな」


「下僕が信じようが信じまいが別にどうでもいい。私が生きてる、それだけで不老の証明になるだろう」


大賢者は何か思い出したようにパチンと指を鳴らして声に出す。


「ああ、一つあった。ほら魔導士になる際に二つ名つけるでしょ? その時の記録なら魔法協会に残ってると思う」


魔法協会、か。

確か魔導士になる際に必ず登録しなければいけない組合だ。魔導士以外が無許可で魔法を使うことは法律で禁止されてるため、魔法を扱う者は一度は訪れるそんな場所。

ただ二つ名は魔法協会が勝手につけるため不満を持つ魔導士も少なからずいるとか。


ときの魔導士として登録されてるはずだから登録日を確認してみるといい」


「とき? なんか時間に関係しそうな魔法を持ってそうだな」


「その通りだよ。まぁだからといって、私の魔法を教えるつもりないけどね」


「俺の憶測だが時間に関する魔法で寿命を引き伸ばしてるのか?」


「下僕なりに勝手に想像して」


大賢者は指を三本立てて最後の質問に移った。


「最後一つ。これ以上質問したら地平線の彼方までぶっ飛ばすよ」


今日一の笑顔をみせて、握り拳をつくるその姿は暴力の権化と見目麗しい少女を同時に体現した異様な光景だった。


「じゃあ最後にもう一度大賢者と決闘する方法はないか?」


「また戦いたいの? 戦闘狂すぎない?」


「長いこと下僕するつもりないから早めに下僕から脱却したいんだよ」


「あ、そう。じゃあ答えれる範囲で教えておく。下僕から脱却することはまず無理。それが分かったらとっとと届け物を運んで来やがれ」


大賢者の顔が仏頂面になり、声も獣のように低く唸って二箱目のケーキを口に入れる。


「なぁ大賢者」


「地平線までぶっ飛ばされたいか?」


「質問じゃない。この部屋の本をどうにか出来ないのか? 届け物が運びづらくて仕方ないんだが」


「…………ここにある魔導書や本は全部私の物だ。煮ようが焼こうが私の自由だ。下僕に指図される道理はない」


「いや、俺は片付けようって……」


孤立に境界から去れアムビトリーブ


すると体が何かに引っ張られて何度か左右に曲がり禁書庫の扉まで吹っ飛ばされる。

全開だった扉が独りでに閉まり、カチリと鍵がかかったような音を立てた。


「……乱暴すぎだろ」


ヒリヒリする臀部でんぶをおさえて立ち上がり扉を見つめる。


「あれが大賢者なのか」


あまりにイメージが違いすぎて信じ難い。

でも実力だけみたら底知れない魔法と魔力なのは間違いない。


「とりあえず刻の魔導士について調べるか」


魔法協会に行くのは今は無理なので、ウルハラ教師に反省文見せる貸しついでに調べてもらおう。ああ、それと。


「これは返す」


金獅子の懐中時計をドアノブに掛けて、俺は教務室へと向かった。



◆◆◆◆



太陽が山並みに沈み、空が赤く染まる頃に俺はようやく帰路についていた。


「さすがに疲れた」


合計反省文二十枚(ウルハラ教師の分を含めて)を書かされたあげく、ウルハラ教師の自慢話を耳かっぽじって聞かされた。

今なら一語一句ウルハラ教師の自慢話を話せる気がする。


「やっとレッドボウが見えてきた」


赤い屋根と獅子の紋章が特徴の学生寮がレッドボウだ。

セイライ魔法学園に通う者は必ず学園内にある四つの寮のいずれかに入居しなければいけない。理由は魔法文字ルーンや魔法の知識の漏洩ろうえいを防ぐためらしい。

俺も例に漏れず事前に寮に入居した訳だが、夜も近いので寮母になんて言われるか分からない。


「そういえばオルフォスも一緒の寮だったな」


一応生徒ひとりにつき一つ部屋があるが、オルフォスはそんなの気にせず入って来るだろうな。

距離感が皮膚と筋肉並に密着してるというか、とりあえず暑苦しくて汗臭いので距離を少しとってほしい。


「うん?」


寮門の前に人影が立っているのが見えて俺は立ち止まる。レッドボウに人の門番はいない。

ならなぜそこにいるのだろうか? 誰かと待ち合わせか?

すると人影は俺を見ると石畳を強く踏んでコツコツと俺の目の前までくる。


「ブランク・フィルロッド! いつまで待たせる気だったの!?」


赤髪少女は不機嫌に眉を曲げて頬を小さく膨らます。だが、ブランクは豆鉄砲をくらったように目を丸くして首を傾げる。


「……誰だ?」

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