第8節 ケーキと下僕
真っ白な天井が視界に映り込む。
頭に微妙なズキズキとした痛みが走って額に手を当てる。
「俺はいったい」
確か俺はあの大賢者少女と戦って…………
「起きたか。ちなみにここは第二保健室だ」
声のする方に顔を動かすと、ウルハラ教師が椅子の背もたれに腕を置いて丸くなっていた。
「直撃くらってブタの丸焦げみたいになってて傑作だったぞ。まぁ完治させるのに苦労したから笑う暇なかったが」
ウルハラ教師は「どこか痛むか」と聞いてきたので、頭が痛いと応答したら「魔法バカだから正常だろ」と呆れたため息で返してくる。
「いま何時ですか?」
「午後十六時過ぎだな。あの決闘から五時間くらい寝てたことになる」
ゆっくりと記憶を辿り、最後に意識が途切れた場面まで思い返すことが出来た。
「……俺はあの大賢者に負けたんですか」
悔しい気持ちが九割占めてるが、まだ高みに上れるそんな気持ちもあった。
「ああ、そうだ。お前は負けた。これで少しは現実が分かっただろ?」
「脳裏に焼き付くほどにですね」
「実際丸焦げになったからな。まぁそれより大賢者の魔法を視てどうだった?」
俺は少し口籠もったが言葉にする。
「魔法を直視しても大賢者の魔法がどんな詠唱文なのか、全く分かりませんでした」
するとウルハラ教師の目が少し見開いて、くくくっと悪役じみた笑いを漏らす。
「お前も無理そうで何よりだ。まぁあの大賢者に勝つなら百年努力をしなきゃ絶対無理だろうな」
百年、か。比喩表現だがそれくらい努力しないとき勝てないのだろう。
「人間は百年生きれませんよ」
ベッドから上体を起こし、ツッコミを入れるとウルハラ教師は顎髭を弄る。
「そうでもないぞ。なんせ大賢者は実際に百年生きてるからな」
「ウルハラ教師もホラ話するんですね」
「ホラ話じゃねぇよ。マジで百年以上生きてるぞ? 羽翼の魔導士に誓ってマジのマジだ」
「それを信じたとして、人間が百年以上生きる方法ってあるんですか?」
ブランクは聞いたことがない。
不老不死は人類で最も研究された一つのテーマだ。研究者や魔導士は何度も研究と実験を積み重ねて、結果としてたどり着いた先が不老不死というモノは存在しないという事実。
魔法という超常現象であっても、なんでも願いを叶える力は魔法にはない。
「知りたきゃ本人に聞け。俺ら凡人じゃ不老不死の領域に辿り着けんからな。もっとも物理的に聞くことすら無理なんだがな」
「……大賢者って何者なんですか」
「短気で我儘でケンカ上等、理不尽な注文ばかりの暴力権力財力を牛耳る野郎だな。見た目は絶世の美少女だが性格に難があり過ぎて、見た目とのギャップにゲロ吐きそうだ。あ、大賢者にこの事をチクったら明日はないと思え」
「言いませんよ。言ったらたぶん飛び火しそうなんで」
「それはよかった」
おもむろにウルハラは立ち上がってテーブルに置かれた白い三箱をブランクの近くに置く。
「そんじゃ、俺は仕事に戻る。そっちも超大変だろうが頑張ってくれよ、大賢者の下僕さん」
「…………は?」
俺の反応を他所にウルハラ教師は「渡さなかったら死ぬぞ」と背中を向けて手を振り、扉を開けて去っていく。が、横からひょっこりと顔を出した。
「大賢者のお使いが終わったら教務室に来い。逃げたら反省文が倍に増えるからな。あ、ちなみに俺も反省文あるから書いたら見せてくれよ」
そう言ってスルスルと頭が扉に引っ込んで足音が遠ざかっていく。
俺は記憶を思い返していくと大賢者とそんな約束してたなと思い出す。
「……寝てても仕方ないか」
どの道渡さないとまた丸焦げになりそうだ。
まぁ不老不死のことを聞く動機もあるし、別に苦じゃないしな。
置かれた三箱を手に取るとほのかに甘い香りが漂う。物を浮かせる魔法を使って運ぼうかと思ったが中身まで浮かせたら本末転倒なので、手で運ぶことにした。
「はぁー、下僕か」
ウルハラ教師と反対方向の廊下を歩きながらぼやく。
俺が言ったとはいえ、生活面ダメダメそうなあの大賢者少女を相手にするのは骨が折れそうだ。
元々、綺麗好きなせいで本の海と化している禁書庫に行くのは少し躊躇ってしまう。あと十年物の汚水に漬け込んだ生雑巾のような臭いが漂ってるのがヤバい。
「そこどいて!」
前から一人の赤髪少女が廊下を走ってくる。
ぶつかったらたまったもんじゃないので、脇に逸れて生徒が通り過ぎるのを待った。
ポニーテールの赤髪をはためかせて、横を通り過ぎる少女。
どこかで見た事のある顔だったが、少女の顔を思い出すより今は大賢者にこれを渡さないといけないため俺は気にせず禁書庫に向かった。
意外に第二保健室と禁書庫の距離が意外にも近かった。なぜこんなに近いんだと疑問に思ったが、まぁ聞いてもロクな事なさそうだ。
「やっぱり臭うな」
禁書庫の扉を開けるとやはり臭う。
強烈な臭いがどこからか漏れだしている、そんな感じだ。
本の海をかき分けて本の山に辿り着く。上に視線を向けると大賢者少女が寝そべって腹を掻きながら横目で俺を捉える。
「やほー、下僕くん。ちゃんとケーキ三個持ってきた?」
気だるけな声で大賢者はナメクジのようにゆっくりと本の山から降りてくる。
「これだろ?」
俺は白い三箱を置いて確認をとる。
「うん、それそれ。全く頼んだケーキは倍以上にすることを忘れる世話の焼ける愚者共だ」
「世話焼かされてるの間違いだろ」
ブランクの言葉を気にすることなく大賢者は一つ白い箱を開ける。中身を覗くと目を輝かせて人差し指をクルクルさせる。
「
ケーキがシャボン玉ように浮かんで、細かく一口サイズに切り分けられる。
切り分けたケーキは隊列を組んで一個ずつ大賢者の口の中に運ばれていく。
やはりと言うべきか、魔法の詠唱文が視えないし、杖なしで普通に魔法を使えるみたいだ。
「あ、そふぉそふぉ。げぼくのこうひゃおひしくいただひたよ」
「口の中空っぽにしてから喋ってくれ」
大賢者はワンホールケーキをたいらげて、ヨレヨレの服で口を拭いた。
「下僕の紅茶、美味しくいただいたよ」
「うん? 俺、お前に渡したっけ?」
「お前じゃなくて大賢者ね。次間違えたら雑巾みたいに絞るよ?」
「へいへい」
「返事は、大賢者の仰せのままに、だ」
「……大賢者の仰せのままに」
「まぁ態度は最悪だけどいいや。えーと、なんだっけ……あ、紅茶の件は君のポケットから勝手に拝借させてもらったよ。その部分だけ焦げないようにするの結構大変だったよ」
「紅茶にだけ慈悲深くない?」
「悪人に人権はないみたいなところあるからね」
「俺、悪人だったのかよ」
「下僕は下僕だから私に何されても文句言えないよ」
酷い扱いだ。人権侵害として訴訟を起こしたい。
「あ、ちなみに訴訟起こしても大賢者特権で揉み消せるから淡い希望は持たない方がいいよ」
なんで心読んでるんだよ。読心魔法でもあるのか。
というか大賢者特権ってそんなことも出来るのかよ。なに? 大昔に撤廃された専制君主がこっそり生き残ってたの?
「……ああ、分かったよ。だが聞きたいことがいくつかあるから質問していいか?」
「下僕のくせに生意気だね。でもまぁ今日は気分がいいから持ってきたケーキ三個分は答えてあげる。もちろん答えれる範囲でね」
「俺が持ってきたの四個だったはずだが」
「午後分しか含めないよ? アーユーオッケ?」
「分かったよ」
「大賢者の〜?」
愉悦感に浸ったニヤニヤ顔でこちらを見つめてくる。
「……仰せのままに」
すげぇ屈辱だ。大賢者じゃなかったら今頃ボイコットしてたなこれ。
「じゃあ、一つ目の質問どうぞ」
大賢者は手のひらを向けて、さぁ遠慮せずにどうぞどうぞと催促してくる。
俺は予め決めた二つの質問と新たに考えたもう一つの質問を口にした。
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