第7節 視ると最強
魔法の杖───それは魔導士にとって必要不可欠な魔導具であり、杖がないと魔力を持つ者は魔法が使えない。
赤ん坊でも知っている常識が一瞬でひっくり返ってブランクの頭が疑問で埋め尽くされた。
隠し持っていたのか? あるいは油断させるために別の何かで杖代わりにしていたのか?
分からない。考えれば考えるほど疑問が次々と浮かんでくる。
しかし、肝心の魔法を視ることができず、視界は暗転していて口の中に砂利のようなものが流れ込んでくる。
「どう? 闘技場の味は?」
体を伝ってあの銀髪少女の声が頭に響いてくる。
「あ、ごめんごめん。土の中だと喋れないよね」
途端、体が上に引っ張られて眩しい光が視界に入り込む。徐々に目が慣れて次に見た光景は世界が逆さになっていた。
「採れたて新鮮野菜とったど!」
銀髪少女は満面の笑顔で見つめている。
俺はそのまま下に落下して思いっきり背中から地面に激突した。
「げほ! な、何が起こった!?」
状況が掴めない。いや、俺が地面に落ちたことは理解できるが、その前に何をされたのか全く分からなかった。
銀髪少女は近づき、しゃがみこんで俺の顔をのぞき込む。
「私が君を地面に埋めたんだよ。もちろん魔法を使ってね」
さっきまでドスの利いた声が、声が弾んで年相応の美声に変わっている。あまりのギャップに逆にそっちが気になった。
「お前、口調変わってないか?」
思わず聞くと銀髪少女はうーんと唸り、あどけない素振りで答えた。
「気分悪いとああなっちゃうんだよ。まぁ愚者共がケーキを注文時間に届けてくれなかったせいなんだけどね」
「愚者共? 届ける?」
「ほら、あそこにいる魔導士の証を持つ奴のことだよ。君を生贄に配達させたようだけど気付かなかった?」
俺はウルハラ教師に視線を移すと何も言ってないのに饒舌に語り出した。
「ち、違うぞ! 皆んな入学式の準備をした疲れが溜まって行く気になれなかっただけで、そこでお前が行きたそうだったからついでにと思ってお菓子を渡しただけだ!」
言い回しがまるで犯罪者のようにウルハラの舌が円滑に回る。
だが、ブランクに非がないと言われたらそうでもない。自ら大賢者に下克上を突きつけ、強引に大賢者に挑んだのだ。言い返す道理がない。
「それでどうする? 降参する?」
目の前にいる大賢者が覗き込むように俺を見つめる。
「しない。俺の口から降参という言葉は出ない」
「続行ね。じゃあ次は君の番でいいよ」
大賢者は嬉しそうに笑みを浮かべて俺との間合いをとる。
「本当なら攻めてもいいのに」
「君の魔法を見てみたいからね。それに何しようが絶対私に勝てないから」
その自信っぷりは傲慢からなのか、はたまた本当に強者と自負しているか、どちらにせよその鼻をへし折らないと気がすまない。
「そうかよ。ならあとで狡いとか卑怯と言ってごねるなよ」
土埃を払って立ち上がり杖を構えて新たな詠唱文を唱える。
「
白銀に輝く両翼がブランクの背中から生えて、金属が擦り合う音が小さく響く。
間違いでなければウルハラ専売特許の『翼』の魔法であった。
「マジかよ。教室で一回しか見せてないのにもう覚えやがった。しかも一段と強化されてるじゃねぇか」
ウルハラが驚くのも無理はない。
魔導士にとって戦いは如何に
何故ならその魔法の詠唱文が分かってしまえば、誰でも同じ威力で魔法が使えてしまうからだ。
もちろん魔力量や詠唱文の違いで多少差が出るが、それでも詠唱文に必要な魔力さえあれば同等の力を引き出せてしまう。
つまり魔導士にとって
その弱点をブランクは何らかの方法で一回で見破ることができ、しかも詠唱文の書き換えまで出来てしまう。
異色な魔法使い。魔導士にとって天敵といっても差し支えないだろう。
「だが、その力だけじゃ大賢者に勝てない」
大賢者とブランクの力を知ってるウルハラだからこそ言える事実だ。
大賢者とブランクの魔力量は月とスッポン並に歴然だが、それよりもブランクが大賢者に勝てない差が大賢者自身にあった。
「
金属の擦れる音ともにナイフのような羽根が大賢者に向かって無数に飛んでいく。
避けられない、そう思ってしまうほど大賢者の視界に無数の羽根が広がる。
もちろん大賢者なら簡単に魔法で防ぐことが可能だ。だが、それがブランクの狙いであった。
「魔法を使ってみろ、大賢者」
魔法を視る、それで勝負がほとんど決まる。
最初は戸惑って不覚をとったが今度はそうはいかない。
大賢者少女の口がゆっくりと開いて唱える。
「
すると鋼鉄の羽根は時間が止まったように大賢者の目の前でぴったりと止まり、大賢者は羽根を摘んでじっーと見つめて嬉しそうに眺める。
「へぇー、なかなか洗練された魔法じゃん。でもこれって確か羽虫野郎の
大賢者少女は無邪気な笑顔でブランクに視線を向ける。しかし、当の本人はそれどころではなかった。
「……視えなかった」
魔力のオーラがさざ波ひとつ立たず、あたかも相手を空気のような存在として静穏に接していた。
オーラの淀みで魔法の詠唱文がある程度分かるというのに、しかも魔力が尋常じゃないのにだ。
ありえない、次元が違う、異質、化け物、勝てない、そんな言葉ばかり連想して俺は思考が止まってしまった。
次に俺の脳が動いたとき、それは決闘の終わりを告げていた。
「それじゃあ、私の番ね」
大賢者はブランクに向かって左手を翳す。
「
大賢者の手に光の粒子が収束し、直視出来ないほど眩く輝いて一つの星が誕生する。星はブランクに向かって一直線に飛んでいき、ブランクは光に包まれて意識が途切れた。
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