マックの女子高生

川谷パルテノン

青志摩みづきの場合

「魚は水の中でしか生きれないんです。はい、フィレオフィッシュ」

 彼女、青志摩みづきは笑顔でそれを僕に手渡す。ありがとうございますと返事をしてみたものの引っかかりのあることを言うなと思った。フィッシュフライに僅かな酸味を添えて混ざるタルタルソースのやんごとなき出会い。幼い頃に母親が食べてるのを見てから肉より魚と憧れた。結局好きなのはソースのほうだったわけだが兎にも角にも僕はハンバーガーを食べていた。

「我々の祖先、即ちチンパンは今やこうしてハンバーガーを獲得したのですね。それはとても長い旅だったことでしょう」

「青志摩さん?」

「車を転がしてドライブスルー。弥生時代には想像すらされなかった話です。しかし遺伝子1%相当だけでも約3200万対のDNA塩基があると言い、その限りなく遠い、夜になれば光るあの星よりも遠い道程を歩んで変化してきた構造の成れが私たち」

「青志摩さん?」

「九畳くん。私たちがこうして向かいあってハンバーガーを食べている。そのことが奇跡だって思いませんか?」

 え、なにこれ。心臓が、鳴る。

「偶然のミルフィーユ。運命などという名付けも軽さがすぎるこの一瞬一瞬の予期せぬ私たちです。九畳くん。ありがとう」

「やだな。感謝されるほどのことなんて僕は何も」

「見てください。ポテト。本来は無骨な丸みを帯びたジャガイモです。それが一本、こうして棒状に。例えば環状列石。あれの意味がなすところは私には知りえませんがそれほどの神秘がこのポテトにもある。テュルルッテュルルッテュルルッテュルルッ」

「ポテトが揚がる効果音……青志摩さん、せっかくだからもっと楽しい話しない?」

「あ 楽しくなかったですかね。あたしったらいつも。ごめんなさい」

 優美すぎる。この流れで虚ろ斜め20度下向き流し目は情緒が狂う。九畳、勇気を燃やせ。今日こそと決めてきたろ。カレンダーに赤丸したろ。僕は青志摩さんにプロポーズを、と。

「あのさ、誕生日。おめでとう」

「あら。九畳くん、覚えてくれていたんですね。あたし生まれて17年。振り返ってみれば必死で駆け抜けた気がします。ですがこのコーラ。17年も経てばきっと気の抜けきった甘ったるい砂糖水。いずれはあたしもそうなるサダメ」

「そんなこと! ないと 思う」

「九畳くん どうしました? 急に立ち上がったりして」

「青志摩さん!」

「聞いていますよ。なんでしょう」

「僕は、僕と その なんていうか」

「九畳くん、ご覧なさい。ここにハッピーセットとあります。幸せの価値とはきっとこのおもちゃのように単純なもの。それが知恵を持てば持つほど欲も深まって見向きもしなくなったハッピーセット。子供のものなのよ、そう言って自ずから棲み分けしてきた業。九畳くん。美味しいですか? 魚の命」

「青志摩さん聞いてくれ僕は!」

「テュルルッテュルルッテュルルッテュルルッ ほら、また揚がった。奇跡が、何本と」

「青志摩さん! 頼む」

「ハンバーガーキッド。あれは人? それともハンバーガー? あたしたちと同じ道? 行く末?」

「青志摩さん置いてかないで!」

「億年の愛。ささやかな祈り。行き着く先はフィレオフィッシュ。味の生命。生きているとは」

「青志摩さん! 青志摩みづき!」

「テュルルッテュルルッ 奇跡」

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マックの女子高生 川谷パルテノン @pefnk

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