さと子のパン

@aono-haiji

第1話 さと子のパン

ロバのおじさんチンカラリン・・・・


ロバのパン屋さんがやって来る


週に一度も来ないけど


いつも聞こえるあの歌で


来たらすぐに分かるんだ


禄王山は墓地だらけ


観音道の峠越え


お墓に埋もれてお堂が並ぶ


今は誰もいないけど


八十八か所ある内の


五十八番札所のお堂


それがさと子の住んでるおうち


ロバのおじさんチンカラリン・・・・


息を切らして登ってくる


遠くから歌が聞こえたら


さと子はバケツをもって下りてゆく


下の井戸でお水を汲んで


峠に戻ってくる頃に


丁度ロバさんと一緒になる


ロバのおじさんっていうけれど


ほんとは小さなお馬さん


ほんとは まだ若いお兄さん


かなりこぼれたバケツを置くと


リクオーという名のお馬さん


ガブガブお水を飲んでくれる


パン食普及宣伝車


リクオーが引っぱる馬車は


小さな前輪大きな後輪


さと子のウチより大きく見えた


いい匂いのするふかしパンが


ケースにいっぱい並んでる


一個十円のパンだから


一度も食べたことがない


食べさせてあげたいって思うけど


親方に叱られるから


それは出来ないお兄さん


いつもお水をありがとう


わたしはお水が好き


お水が一番おいしかった


だからリクオーにもあげたいの


リクオーにさわってもいい?


いいよ


さと子よりずっと大きいリクオー


自分で頭を下げてくれた


リクオーの鼻ずらを抱きしめる


長いたてがみ くすぐったい


がさがさで柔らかくて太陽の匂いがする


あったかい 熱い


リクオーはほんとに生きてるんだね


さと子は近くに咲いてるハギの花を


いっぱい摘んできて


リクオーのたてがみに飾ってあげた


リクオーは首を振りたいのを我慢してる


お兄さんはそれを笑って見てる


お兄さんはロバパンを食べたことあるの?


あるよ。 売れ残ると叱られるけど


おいしかった?


おいしかったよ


さと子もね


おかあさんにパンをもらったの


固いちっちゃなパン


これを持っていなさいって


おかあさんがいつも言ってたの


わたしたちは


この世に生きて生まれてきたものだけを


食べられるって


わたしたちは いつも


命をいただいてるんだから


いただきます。ありがとうって


言わなきゃいけないんだって


さと子も生まれてきたんだから


きっと誰かに食べてほしかった


ありがとうって言ってもらいたかった


さとちゃん 変なこと言うね


お兄さんは笑った


お兄さん・・・・


この峠の下に爆弾落ちたの知ってる?


僕は、まだ小っちゃかったから覚えてないよ


でも、あちこちいっぱい落ちたのは知ってるよ


お兄さん・・・・


何?


もう戦争はないよね


ないといいね・・・・


どうして戦争をするの?


お兄さんはしばらく考えて答えてくれた


きっと世界が広すぎるんだよ


その人に会って話したら


きっとどんな国の人も


悪い人じゃないって分かるから


その人を殺したり


物を取ったりしちゃいけないことが分かるはず


でも世界が広すぎるから


その人が見えなくて


平気で人殺しが出来るんだ


それに一番いけないことは


自分は戦争なんてしたくないのに


命令されてそれをすること


一人一人が


どんなに命令されても


自分は人を殺さないって誓いを立てて


それに従うことが出来れば


その時戦争は止まっているはず


みんなが同じことを思ってるのなら


どんなに遠く離れていても


心を通わせることで


それが出来るはず


止めることが出来るはず


お兄さん・・・・


何?


わたしも 戦争のなくなった世界に


生まれたかった


僕も同じだよ


いつかきっと


そんな世界が来るよ


みんながそれを思っていれば


お兄さん・・・・


何?


これ、さと子のパンなの


さと子は小さな小さな白いパンを


ポッケから出した


いつか きっと これを食べて


それで きっと わたしに


ありがとうって言って


分かった 必ず言うよ


ありがとう お兄さん


お兄さんはさと子のパンを受け取って


リクオーの手綱を一振りして


さと子を振り返って別れを告げる


もう そこにさと子はいない


ハギの花だけが散っている


手の中のパンを確かめる


固くて白くて小さくて


かさかさに乾いて羽根のように軽い


これはパンなんかじゃない


これはさとちゃんの骨だよね


さとちゃん 


生まれてきてくれて


ありがとう


リクオーはゆっくり歩きだす


ロバのおじさんチンカラリン・・・・


秋の日が暮れかかり


ススキの波に光ってる











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