⑥
「な、なに……?」
困惑しながら彼を見ていると、航平はベッドの上に置き去りにしたままだった僕のスマホを手渡してくる。
「インスタ開けて有田さんのストーリー見てみろよ!」
「えぇ」
そう言われましても、僕は未だ理解ができていないんだ。
そんな緊急事態を伝える様相で「インスタ開け!」なんて言われても、なんだかなぁ。スっと腑に落ちてこないんだよ。
だからうーんと考え込む素振りを見せると、彼は「急げ急げ!」と僕を急かす。一体全体、どうしたって言うんだ。
まぁもう彼の回り出したエンジンは僕程度の力では止められそうもなかったので、素直に彼の言葉に従うことにする。
「えっと……」
普段、滅多に触ることのないアイコン――僕はそれを一度タップして、インスタを立ち上げる。
僕が二日も連続で開けるなんてレアメタルを見つけるよりもすごい事なんだぞ――なんて今の彼に伝えても速攻で突っ張ねそうなので、言わないでおく。
「有田さん、だよね」
フォロワー欄から有田さんを探し出してくまのぬいぐるみの写真を人差し指で押す。
ぐわんと、丸いアイコンから画面が切り替わって、一枚の画像がスマホいっぱいに表示される。
まず目に飛び込んできたのは黒色だった。
黒色の壁紙がいっぱいに広がっているから、一番最初に認識した。
次に、真ん中の文字。
――はい、いいえ。グラデーションの色付けをされた文字が白い枠の上に二つ浮かんでいる。
そして最後にその二択の選択肢の上にある文章――
『日曜日ワケあって暇になったんで誰かデートしてください!🙏』
僕はその文字羅列を一目見た瞬間――ドキリとしてしまう。
でででで、デート!?
僕がハッとなって康平の方を見ると、航平は「だろ!びびったろ!?」みたいな顔をしている。
「で、デートって……え?」
理解が進まない。当然だろう、だって突然こんなストーリーを見せられても、陰キャの僕にはとてもじゃないけど理解し難い世界であるんだから。
「……最近の子って、インスタでデート誘うんだ……っ」
こういうのって普通、個人にラインで送ったり直接誘ったりするものじゃないの? 不特定多数に「デートして!」って言うってなんか変じゃない? めちゃくちゃ勇気いりそうだし……。
まったくもって道理が分からない。陰キャの僕には想像もできない道理が、僕の反対の人たちには通じているようだ。
どうやら今の若者は昔の常からは想像もできない子たちになってしまったみたいです。あぁ悲しきかな、よろろろろろ。
「えぇ、そっち?」
航平がなんだコイツみたいな顔で僕を見つめてきている。いや、それはこっちのセリフだよ。
「そっち――って、どっち?」
「デートを誘うんだってこと!」
「んんん?」
よく分からなくて首を傾げる。でもイマイチ話が噛み合ってことはよく分かる。不思議だ。
「別に普通だろうよ、インスタでデート誘うなんて」
「ふ、普通なんだ……」
あまりにサラッと言うもんだから、僕はド肝を抜かれる。
ま、まぁこの幼なじみは本来は僕とは関わるはずのないタイプの人間であって、それゆえさっきのトンデモ理論も通じるんだろうけどさ。残念ながら僕の世界ではその理論は使用できないんだ。
「そんなことよりデートの誘い! 透輝だって有田さんとデートできるかもしんねぇんだぞ! そっちに驚けよ!」
「ほら!」と彼は僕のスマホ上部を指差す。
そこには緑色の長方形に白色の星が浮かんでいた。
「……これは?」
「そっからかよ!」
「ごめんって……」
本当にインスタ無知なんだよ、僕。だからそんな目で見ないで。泣いちゃうよ?
「『親しい友達』って機能。……そうだな、ストーリーはフォロワー全員が見れるのは知ってるだろ?」
「それはね、うん」
「でもそれじゃあ自分のストーリーは誰にもかれにも見られてしまう。言い換えれば――自分にとって都合の悪い、もしくは特定の人だけに見て欲しいストーリーでさえも全員に見られてしまうってことなんだ」
「そこで、だ」と彼は右手の人差し指を立てる。
「親しい友達機能を使う。それは言わばメンション機能だ、予め『この人にならこのストーリーを見せてもいいかな』って思う人を指定しておいて、ストーリーを追加する際に親しい友達だけに範囲を設定して追加すれば、見られたい人には見せれて、見せたくない人には見せれない、そんなカラクリを詰めたストーリーをあげれるってわけだ」
うーん、なるほど……?
ぎこちないながらも、僕は頷いた。
一応ニュアンスは理解したつもりである。要するに『コイツには私のストーリーを見せんでもええやろ』をさりげなく行えるってことだと思う。その推測が彼の説明とバッチリ同じ意味であるかが分からなかっただけで。多分大方間違ってはいないだろうと思うけれども。
僕はいくらかうーんと唸る。さっきの航平の言葉を頭の中で反芻する。
そっかそっか……。
「僕って有田さんから親しい友達って思われてたんだぁ……」
思わずぐへへ、と変な笑みが溢れてしまう。
はっきり言ってめちゃくちゃ嬉しかった。だって有田さんから見たら僕はただの石ころでもおかしくはないはずなのだ。スペックも低い僕を有田さんがわざわざ認識する必要なんてないのだ。
って僕は考えてたわけで。
だからこそ、だ。有田さんにとって僕は『親しい友達』程度には見てもらえてるってことだ。ひゃっぱー! 今夜はお赤飯にしようかな!
脳内の僕がハッスルハッスルする。
でもそんな僕に彼は冷ややかな目を向ける。
「だからさぁ、そっちじゃないって」
インスタグ・ラブ。 湾田よーと @wanda-y
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