僕にそう言うと、彼の様相が瞬間的に変わった。


 目を輝かせて――そう、僕の話に興味を示していた。


「なんて?」


「なんてって言われたら、どうなんだろう。ほら、四限って現代文じゃん? 眠たくってさ、ウトウトしてたら後ろからツンツンってされて」


「されて?」


「からかわれた」


 言い切ると、彼は「へぇ」と瞳を大きくした。


「意外だなぁ。有田さんが授業中に茶々入れてくるなんて」


 航平が不思議そうに呟く。それが僕には不思議に感じて、彼同様に瞳を丸くしてみる。


「普段の有田さんってあんな感じじゃないの?」


「休み時間とか放課後とかはさあんな調子で変わんないけど、授業中はあんまり話しかけてこないぜ。真面目だからさ、そういうことしたらやっぱ授業妨害になっちゃうかもって感じてるんじゃね?」


 あっけらかんと述べる彼、僕はふーんと返した。


 なんとなく、僕が思っている彼女とは違うなって思った。


 彼女には元気っ子って言葉が似合う。休み時間の彼女は色んな人と話して楽しそうにあははと笑って、時に友達にちょっかいを出している。


 だからと言っちゃ偏見みたくなってしまうけれども、授業中も彼女は誰かにちょっかいを出しているんじゃなかろうかと思っていた。まぁもちろん、他の人に邪魔にならない程度で。


 余談だけど僕は彼女と同じクラスになるのは初めてで、近くの席になるのも今回が初だ。まだ彼女のこととかあんまり分かっていないし、去年一緒のクラスだった航平と比べれば、知らないも同然だろう。


『ノート誰かに見せてもらわないとじゃん?』


 きっとあれはその行為がめんどくさいからってだけじゃなくて、しっかり受けなければいけないっていう意識が働いてなのかなと気付いた。


 まぁそれが学生のあるべき姿だろうと指さされればそれまでなんだけど。


 ともかく、航平が紡いだ言葉は僕が描いていた有田さん像とは少し違っていて、ビックリした。


「……変だと思ったか?」


 航平は何故か恐る恐るといった感じで僕に尋ねてくる。


 僕はゆるりと首を横に振って、彼に伝える。


「まさか。変だなんて思わないし、むしろいい子なんだなって思ったよ」


 彼はそうかと深く息を吐き出した。まるで安心したかのような面持ちの彼。でも僕にとっては不可思議な行動だった。


 だから「どうしたの?」と訊こうと喉から言葉が出かけた。でも直前で引っ込む。


 心優しい彼のことだ、自分が勝手言って僕の有田さんに対する印象をいけない方向に引きずってしまったかもしれないと懸念したのかもしれない。そう考えれば直前の行動の辻褄が合う。


 だからあえて深追いはしないでおいた。


「有田さんって勉強できる方なの?」


「そうだな。まぁ高校が平均レベルだから全国区で――って言われればどうかは知らんが、俺らの高校の学年だけで言えば上位層だぜ」


「上位層かぁ。夢みたいな世界だなぁ」


 しみじみとしながら僕は言う。


 成績に関しては僕も悪くは無いけれども、上位という言葉を飾られるほとではない。だから感心してしまう。


「おっと、株がまた上がったか?」


 すっかりいつもの調子を取り戻したのか、航平が僕をえいえいと小突いてくる。


「勉強もできて可愛くてなんてサイコーだよな?」


「そっ、そうだね。すごくいいと思うね」


「これ以上惚れ込んでしまうなよ~~? おれおれ」


「ちょっ、そんなんじゃないってば!」


 馬鹿にしてくる態度の彼に、僕は勢いよく反論するけれども、未だ彼はニヤケ面であって、まだまだ僕をいじり倒したい気分らしい。


 僕は彼からの小突き攻撃から避けるため、それとこの話題を一旦切り上げるために立ち上がった。


「トイレ行く!」


 吐き捨てるようにそう言うと、「ごゆっくり~~」と舐めた返事が僕の背中にかけられる。


 まったくもうと、ドアを出て、大体五分くらいトイレにこもる。特段用をしたい気分でもなかったけど、一応トイレに来た以上、用を作るためにしておいた。


 手を洗って個室を出る。白い壁をなぞりながら階段を昇って自室のドアノブに手をかける。


 ガラガラと横に滑らせる。



 するとバッ!っと航平が飛び込んできて、急なことに僕はたじろいでしまう。


「どうしたの――」


「な、なぁちょっと来いって!」


 僕の問いかけを遮って、彼は高揚した気分を溢れだしながら僕の腕を引いてさっきの位置まで連れ戻した。











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