神社のカミサマとこいねがう!

雨蕗空何(あまぶき・くうか)

 町はずれの小さな神社、分かる?

 そう、長い階段を登って登って、そのてっぺんにあるちっぽけな神社。

 ご利益りやくなんてあるのかどうか分からないような古びた神社だけどね。ご利益は、あるんだよ。

 叶う願いは、恋愛成就。

 なんで分かるのかって? だって私も、そこでね――




   ◆




 今日も空は薄灰色の薄曇りで、春の陽気はまだ遠い。

 来週には五年生に上がって、そうしたらクラス替えで仲のいい友達と離れ離れになっちゃうーなんて周りの友達は悲観するけど、そんな気持ちになっちゃうのは、きっと天気がどんよりしてるからだ。

 私はそんなネガティブになんてなってるヒマはない。今だってこうして、ほうきとかゴミ袋とか持って、もう自分の足の遅さがもどかしいくらい、気分うきうきでダッシュしてるのだ。


「おーい羽紗うさー! どこ行くんだー?」


 その気分うきうきにブレーキをかけるみたいに声をかけられて、私は足までブレーキをかけた。

 むっとして、声をかけてきたヤツに声を返した。


健太けんたには関係なーい! いつもいつも私の邪魔しないでよ!」


「なんだよー! せっかくゲーム買ったから一緒にやってやろうかと思ったのに!」


 家の窓からぶーたれた顔を出してくる。幼なじみの健太。

 親同士が仲がよくて、それこそ赤ちゃんのころからの付き合いだけど、私たち同士はご覧の通り仲良くなんてない。


「わざわざ女子でおまえだけ誘ってやってんだぞー! 感謝したっていいだろブス!」


「うっさいチビ! ありがた迷惑なんだよストーカー! くやしかったら私より身長高くなってみろ!」


「なんだとー!」


 怒る健太をほっといて、私は走り出した。

 やだやだ、せっかくのうきうき気分が台無し。

 健太んちの前なんて通らなきゃよかったんだけど、この道が一番近いんだから仕方ない。

 一番近い道。町はずれ、長い長い階段を登った、あのちっぽけな神社までの。




「はぁー……はぁー……階段きっつ……」


 神社の前までたどり着いて、息を整える。

 もう三月だってのに、吐く息が白い。

 それでも息が整いきる間もなく、掃除道具もひとまずはほっぽり出して、賽銭箱さいせんばこへ。

 はやる気持ちを抑えて、カラカラと硬貨を投げ入れて、お祈りする。


(私の恋が、いい方向に転がりますようにっ)


 目を閉じて、じっと手を合わせて。そして。


「――やぁ羽紗ちゃん! 今日も来てくれたんっスね! うれしいっスよ!」


 どきんとはねた心臓を気取られないよう、私はゆっくりと、顔を上げた。


 さらさらと流れる金色の髪。なめらかな白い肌。

 淡い色合いの和服はふんわりとして、その上からでも分かる、折れちゃわないかと思うような細い腰。

 すぼめられた目には金色の瞳がはまっていて、にんまりと笑う薄いくちびるはほんのりと桜色。

 そしてぴょこりと主張する、三角の耳とふかふかの尻尾。

 そんなマンガみたいなキツネ耳の美少年が、木の上から私を見下ろしていた。


 しばらく私と彼、見つめ合って。

 そして彼は、にぃっと笑みを深めたら、ぴょんと飛び降りて息がかかるような距離まで詰め寄ってきた。


「今日は何する羽紗ちゃん!? かくれんぼ!? 鬼ごっこ!? 五目並べでもいいし、羽紗ちゃんさえよければ囲碁だって教えれるっスよ!」


「ちょ、火丸ひまる、近いっ近いって!」


 あわてて距離を置いた。

 あ、危なかった。こんな美人顔、間近で見続けたら美しすぎてショック死してしまう。

 彼は――火丸は見ての通り、普通の人間じゃない。というか、人間じゃない。

 前にたまたま助けたキツネが化けたもので、なんとこの神社の神様だというのだ。

 そんなことある!? って思うけど、この顔面がそこらの人の子として生まれてくるよりはありえる話だと思う。


「やー、ごめんごめんっス。羽紗ちゃん来てくれるとうれしくて、ついつい近寄っちゃうんスよねー」


 たははと火丸は笑って、さっきよりは距離を置いて、でも下からずいっと顔を寄せてきて、にまにまと尋ねてきた。


「そ・れ・で〜、羽紗ちゃんはいつ願い事を教えてくれるんスか〜? ここ恋愛成就の神社だけど、オイラ心を読んだりできないから羽紗ちゃんの好きな人が分からなくて手助けしたりできないんスよね〜」


「うっ……ま、また今度ね」


 顔をそむけて、そそくさと逃げる。

 誰が好きって、あんただよ、あんた!

 って、ずっと言いたいけど、言えない。だって神様だしキツネだし、好きって伝えてどうなるのか全然分からない。

 誰かに相談できればいいけど、そもそも神様のキツネに惚れました! なんて、誰に相談したってマジメに取り合ってもらえるか分かったもんじゃない。

 そういうわけで、私はこの想いだけもんもんと溜め込んだまま、ひたすら彼に会いにくるだけの日々なのだ。

 火丸は口をとがらせてくる。


「むー。羽紗ちゃんはいっつもそう言って逃げてばっかっス」


「ははは……あ、神社のお掃除するね。道具持ってきたから」


 逃げるようにほうきを手に取って、掃き掃除を始める。

 古びてちっぽけで町はずれの神社は、掃除も行き届いてない。ただ遊びに来るだけなのもなんなので、たまにはこういうこともしてみよう。

 さっさっ、さっさっ。落ち葉を掃いて集めたり、クモの巣を見つけたら取り払ったり。

 そんな様子を、火丸はうれしそうな感激したような顔で見つめてくる。やりにくいな。


「羽紗ちゃんはいい子っスねぇー。将来いいお嫁さんになるっスよ」


 そんなこと言ってくる。人の気も知らないで。まあ言ってないからだけど。

 もうじき四月だけど、まだ寒い。手が冷たくなってきて、私ははぁーっと息を吐きかけた。

 それを見ていて、火丸が声を上げた。


「羽紗ちゃん、手袋しないんスか?」


「えー、だってかわいいのしか持ってないし。掃除するのにつけてたら汚れちゃうから」


「何言ってんスか!」


 急に火丸が飛びついてきて、私の両手を握ってきた。

 ちょ、近い! しかも手を握るって! そんなのされたら心臓止まるから!


「手袋が汚れるようなことを素手でやってたら、羽紗ちゃんの手が汚れちゃうっス! こんなきれいな手を汚しちゃったらダメっスよ!」


 さらっとこんなこと言ってくるし。きれいって。きれいって。

 火丸はそのまま、切なそうな顔で、私の手におでこをくっつけてきた。待ってその動作は反則だって。


「オイラ、羽紗ちゃんに恩返ししたいんスよ。羽紗ちゃんは命の恩人で、たくさんお参りしてくれて遊んでもくれて、こうやってお掃除までしてくれて、感謝してもしきれないっス。でも好きな人が分からないんじゃ、恋を叶えてあげることもできなくて」


 手をぎゅうっと、握りしめてくる。

 あ、やばい。心臓バックンバックンしてる。これ顔も赤くなってない?


「羽紗ちゃん! お願いっス、ぜひともオイラに好きな人を教えて――」


「ひぃっ!?」


 すずいっと顔が寄ってきて、もう、無理! 耐えられない!


「い、い、いつかまた〜!!」


「羽紗ちゃーん!?」


 私は火丸の手を振り払って、ほうきとかもほっぽり出して、一目散に逃げ帰ってしまった。

 ああ、気まずい。次に来るとき、どんな顔したらいいんだろう。




   ◆




 そうやって悩んでしまって、それから行きづらくなってしまって、一度も神社に顔を出さないまま、新学期になってしまった。

 五年生になって、クラス替えをして、また一緒のクラスの子もいれば、バラバラになっちゃった子もいたり。


「なんだよー、羽紗とはまた同じクラスかよー」


「それはこっちのセリフ! なんでまた健太と同じクラスになっちゃうかなー」


 チビの健太はまたしても同じクラスで、私の隣の席に座った。

 担任の先生が来て、あいさつして。


「このクラスは転校生が来ます。みんな仲良くしてあげてくださいね」


 ざわざわっと、クラスが浮き足立つ。

 私ももちろん興味がある。男子かな? 女子かな? 仲よくなれるかな?

 そうして転校生が入ってきて、クラスがさらにざわつく。だって入ってきた男子は、ものすごく美形だから。

 でも、待って。あの顔、黒髪黒目だけど、耳とか尻尾は生えてないけど、まさか。


「やっほーみなさんよろしくっス〜! 気軽に火丸って呼んでほしいっス〜!」


「何やってんの火丸ー!?」


 思わず声を上げちゃって、口を押さえたけど時すでに遅し。クラス中の視線が私に集まってる。

 火丸は平然とこっちに歩み寄ってきて、私の机に腰を下ろして、にっこりと微笑んできた。


「これからよろしくね、羽紗ちゃん」


 クラス中が、ざわざわざわっ! とどよめいた。

 そりゃそうだ。私もその他大勢の側ならそうなる。

 でも今の私は、その他じゃない方で、つまりこれ、めちゃくちゃあせる。

 頭が混乱してるうちに、隣の健太がつっかかってきた。


「お、おまえ、羽紗と知り合いかよ? どういう関係だよ?」


 火丸はそちらを向いて、うーんとあごに指を当てて考えて、それからにっこりと笑ってみせた。


「ひ・み・つー、っスよ。羽紗ちゃんとオイラは、人に説明できないただならぬ関係なんス」


 ざわざわざわっ! またクラスがどよめいた。

 ちょ、火丸、言い方! 誤解されるような言い方やめて! いや半分誤解じゃないかもしれないけど!

 健太が口をあんぐり開けて何も言えない間に、火丸は私の耳に口を寄せて、私にだけ見える角度で目を金色に光らせて、ささやいた。


「学校でも羽紗ちゃんと一緒にいれば、好きな人が分かると思ったっス。正体バレたら学校どころか神社にもいれなくなっちゃうんで、隠すのお願いするっスよ」


「え……」


 急にいろいろ起きすぎて、すぐにリアクションできなかった。

 それで解放しそびれた私の感情は、次の瞬間、たぶん生涯で一番大きな叫び声となったのだった。


「ええ〜〜〜〜!?」




   ◆




 これが、例の神社の恋愛成就の、始まりだったの。

 ここから結果的に、本当に結果的に、私の願いは、私の恋がいい方向に転がるようにという願いは、成就された。

 どんな形で成就されたかは――ご想像にお任せします。

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