日常と変動
英也
第1話
金曜日の山手線の目黒駅。
夜の11時を過ぎの電車内は混み合う。いつもと比べれば空いているように感じた。少し早めの到着だったらしく、時間調整のため電車は数分ほど停車するとアナウンスがあった。ドアは空いているものの酒とニンニクと香水が混じった充満して苦痛の時間であった。
高良賢吾は仕事の疲れを感じ背もたれに深く身体を沈めた。
「お疲れ様です」
高良は何気なしに顔を上げる。
この群衆の中で自分に声を掛けられる可能性は低い。だが、もし知り合いであれば今後のやり取りに支障をきたすこともある。
「…お疲れ様です」
声の主と目が合う。
スーツ姿の背の高い女性だった。
新卒新入社員でも熟年のベテラン社員風でもない。いわば自分と同年代、もしくはそれよりも下であるかのようだ。
どうやら彼女は自分のことを知ってるらしい。
「……高良先輩ですよね?」
「ええ、はい」
思わず敬語で返してしまった。
先輩と呼んだ彼女はやはりどこかで会ったのか。高良は身を竦めた。
「失礼ですが、あなたは?」
「後輩ですよ。とは言っても、私とあなたが会うのは初めてです」
社会人になり10年。
表面上の関係だけを意識したやり取りが増えた。相手の意図を読むことが習慣になっていたのか。
高良の目は滑るように相手の動作を確認した。
「……仕事の話なら明日にしてもらえませんか?今はあまりいい判断ができそうにありません」
「私はあなたの後輩と申しただけですよ」
彼女は予め台本に沿ったかのような口調で反論した。
「先輩がどんな感じの人か興味がありましたので挨拶に来ました」
ドアが閉まり山手線が動きだす。
高良は女性を考察した。
自分が知らず、相手が知ってるパターンは限られる。自分がどこかの機関を卒業して相手がどこかのタイミングで認知した場合だ。
無機質な表情。
見下ろす瞳は現代ロボよりも感情がない。
「私の名前は鈴花澪。お会いできて光栄です」
「そうですか。僕の紹介は必要ですか?」
高良は相手の眼を避けて訊いた。
路線図の電子版には自分が降りる駅まであと何分と書かれた表示があった。
「先輩のことはある程度は知っています。危機的状況に弱く、平凡な人間であるくらいですけど」
「それは何より。なら僕の行動を予測するのも簡単でしょうね」
渋谷駅に到着した。
腰を上げて群衆に紛れて出口に歩を進める。澪は自分が埋もれていた椅子に腰掛け、電池が切れた機械のように眼を伏せていた。
日常と変動 英也 @hid-eya
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