やぶれさんの捨て台詞

伍拾 漆

第1話

僕の名前ははじめ常勝とこかち、男子高校生だ。


僕の情報は他にもあるが、言った所でどうせ聞いちゃいないだろう。


「一」


「常勝」


どこの少年漫画の主人公だと言いたくなるようなこの名前、苗字は仕方ないが、名前はもうちょっと工夫の仕様があったろうに。


まぁ別に良い…この名前以上に僕を紹介してくれる言葉などない、「名は体を表す」とはよくいったものだ。


僕は今まで…負けたことがない。


期末試験、練習試合、公式戦、ジュースを賭けたじゃんけんですら、僕は常に勝利を収めてきた。


では何故勝ち続けていられたのか?答えは単純、人並外れた記憶力、身体能力、運動神経、そして推理力を有していたからだ。


僕は見たものを写真のように記憶でき、その都度その写真のアルバムから必要な記憶を取り出して使っている。そして一度見た動きは大体再現出来るので、運動などではプロの選手の動きをトレースすることにより高いパフォーマンスを発揮している。じゃんけんの場合は、相手の手や指の筋肉がどう動くかを見極め、その手に対し勝てる手を出しているだけだ。


神様より授かりしこれら才能の塊をありがたく使わせていただき、僕は目下無敗伝説を更新し続けている。


そんな訳で僕は、多種多様な敗者をこの目で見て来た。悔しがる者、諦める者、忌避する者、媚びる者…本当に沢山の人間を。


しかし今、僕はこれまで見たことがないタイプの敗者を目の当たりにしている。


やぶれ負荷おうか、現在僕の隣の席の女子高生だ。


僕と同様、親御さん、何でその名前を付けた?…と突っ込みたくなるようなユニークネームだったので記憶に残っていた彼女。まぁあくまで「記憶に残っていた」程度の存在だった…ある時までは。


ある日のテスト返却のとき、先生に名を呼ばれ、テストを受け取って着席した僕に彼女が声を掛けて来た。


「ねぇはじめくん、何点だった?」「ん、満点だよ。」特に意識もせず、僕はペラリと解答用紙を見せた。


すると彼女は僕の用紙をじっと見た後、自分の解答用紙を凝視ぎょうしし、そして突然こう言い放った。


「ふ…今回は私の負けにしておいてあげるわ…」そして何事もなかったかのように元の姿勢に戻り、テストの復習をし始めた。


僕は呆気に取られた。え…今の…え?


この僕ですら疑問符を頭の中に散らばらせているのに、当の本人は素知らぬ顔で紙の上でシャープペンシルを走らせている。


……やめよう、彼女は多分、ちょっと愉快な子なんだ、考えるだけ疲れるだけだ…そう思い直した僕は、頬杖をつき前の黒板に視線を移した…


次の日、別の教科のテストが返却され、例の如く名前を呼ばれた僕はテストを受け取り、着席した。するとまた彼女が僕に「はじめくん、テスト何点だった?」と尋ねて来た。「満点だよ。」僕は昨日と同じようにテストを彼女に見せた、すると彼女もまた昨日と同じように僕のテストと自分のテストを見比べた後、急に不敵な笑みを浮かべ、そしてこう言った。


"Human values is, in the face of hopeless defeat, depends on how behave."(人間の価値は、絶望的な敗北に直面していかにふるまうかにかかっている。)


やたらいい発音でそう言った後彼女は再びテストの復習を始めた、だめだ、やっぱり彼女の意図が分からない…流石に今回は気になり、意を決して直接彼女に聞いてみた。


「あのー…やぶれさん…なに?それ。」しまった、大分だいぶ直球の質問になってしまった…しかし特に気分を害した様子もなく、彼女は僕の問い掛けに応じる。


「いや、普通に悔しいから負け惜しみの一つでも吐いてやろうと思って。あと自分への叱咤激励。」


………おっと、思考が一時停止してしまった。


え、どういうこと?敗さん…悔しかったのか!?


「相手にするなら違う人を選んだ方がいいんじゃないかなぁ…ほら、僕ってその……割と例外的存在だし…」気付いたらそんなことを口走っていた…あぁ、やってしまった、これは流石に失礼過ぎる…彼女…傷ついたんじゃないだろうか…


「?だってはじめくん、隣の席だし。わざわざ遠い席の子に勝負吹っかけるなんてこと、流石に気まずくて出来ないよ〜。」


……この子「気まずい」のバロメーターぶっ壊れてるのかな?


いやいやいや!特に親しくもない異性にドヤ顔で名言めいたことぶっ放す方がはるかに気まずいでしょ!!マジで何なんだこの子!?僕が机で軽いパニックに陥っている間も彼女は黙々と勉強にいそしんでいて、何だか僕はちょっと悔しかった。


ちなみに後で調べると、さっきの言葉はヘミングウェイという小説家のものだった。


二度の会話を経て、敗さんはよく僕に話し掛けるようになった、というか僕はよく勝負を挑まれるようになった。彼女は授業の小テストが終わる毎に僕の結果を聞き、そして勝手に負け、その度に何か捨て台詞を残す。


漢字の小テストのときは「あぁ、感謝するよ…君のおかげでまた、自身の可能性に気付くことが出来た…」


体力テストの反復横跳びの回数を尋ねられたときは「良かった…これで並行世界パラレルワールドの私は救われたわ…!」


休み時間にじゃんけんをしたときは「あぁ、ダメだわ…まだ心と体が上手くリンクしてないみたい…」


といった具合に、よくそんなにレパートリーあるなぁ…と感心してしまうほどのリアクションを彼女は見せてくれる。いつの間にか僕は、そんな彼女の反応を見るのが毎日の楽しみになっていた…


ある日、僕は初めて僕の方から彼女に話し掛けた。


「ねぇやぶれさん。」「…なに?」「これやろうよ。」そういって僕が鞄から取り出したのはかの有名な、箱に入った盗賊と何本もの槍を使って遊ぶボードゲームだった。「いいよ。」彼女は少し笑みを浮かべて快く応じ、槍の一本を手に取った。「それじゃあ順番を決めようか、じゃんけんでいいかな?」彼女はこくりと頷く。


今回の勝負、僕は負けるつもりでいた…いや、敗さんに「勝った!」と思わせようとしていた。このゲーム、実は発売当初と現在とではルールが違う。複数ある穴へ交互に槍を差し込んでゆくゲームで、内一つの穴は槍を差し込むとスイッチが入り盗賊が飛び出る、というギミックが仕組まれているのだが、現在のルールでは「箱に入った盗賊を飛ばした方が負け」であるのに対し、発売当初のルールはその逆「箱に入った盗賊を飛ばした方が勝ち」というものである。


そして僕は常日頃、発売当初の「盗賊飛ばしゲーム」を持ち歩いている、「お前ばっかり勝っていてずるい」というやつらをこのゲームで処理するためだ。向こうは当然現在のルールに則ったつもりでプレイするのだから、じゃんけんで先行を勝ち取った僕が盗賊を飛ばせば向こうは勝った気になり、やがて僕に対する感心が薄れ、どこかに行ってくれる、しかし僕達が使用したのは「発売当初」のモノ、つまり当初のルールのまま…よって勝者は僕、無敗伝説は依然更新されるというわけだ。


何度も勝負を挑み、そして華麗に捨て台詞を吐く彼女を見て僕は思った、「もし彼女が勝利したら…一体彼女はどんな反応をするのだろうか…?」ほんの小さな疑問に対し、僕の胸は大きく高鳴っている、そして僕の槍は穴へと突き刺さり…盗賊が綺麗な弧を描いて飛んでいった。


カランカラン…樹脂製の人形が乾いた音を立てて転がり、一瞬の沈黙が生まれた、そして……


「やったぁ、勝った、初めて勝った!!うわぁぁい!!!」彼女は椅子から立ち上がり、ピョンピョンと飛び跳ねた。教室内であることを忘れたのか、全身で喜びを表現するやぶれさん…今までも微笑みは何度か見せてくれていたが、こんなに笑顔の彼女は見たことがない。


そんな彼女に見惚れてしまい、気付いたら僕は彼女を凝視していた…我に返った彼女は恥ずかしそうに着席し、窓の外に顔を向けている…その横顔は少し赤かった。




僕の名前ははじめ常勝とこかち、男子高校生だ。


僕はあの日…初めて敗北を味わった。


全くもって困った話だ、これじゃあ「常勝」という自分の名前を目にする度に、負けた時のことを思い出してしまうじゃないか!


………まぁでも……それも悪くないか。


あの笑顔には……どうやっても勝てる気がしない。











「…何で私、はじめくんの前であんなにはしゃいじゃったんだろ…」一人の少女は放課後、誰もいない教室、自分の席に突っ伏し、隣の席を見つめていた。「勝てるとは思わなかったから、つい素が出ちゃった……でもおかげで、はじめくんの驚いた顔が見られた…彼もあんな顔するんだなぁ〜…!」夕日が優しく教室に差し込む、彼女は赤い顔をほころばせながら一人そっと呟いた。


「明日はどんな捨て台詞にしよっかなぁ…」

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