第4話 離れたくない
私は今、
コンビニでお弁当とデザートを買ってやって来た。
佳那子さんの家に来るのは初めてだ。
今日はありえないことがずっと起こりすぎて、いつか目が覚めて夢だったなんてことにならないことを祈るばかり。
お弁当を食べながら取り留めもない話で盛り上がる。何気ない日常の一時は幸せ以外の何物でもない。
食事が終わった後は二人で見るともなしにテレビを見ながら、デザートのロールケーキを食べる。
二人共時間が過ぎることを惜しむように、ゆっくりケーキを味わう。これが終わったら、今度こそ今日が終わってしまうから。何か続くような話題はないかと私はそればかりを考えている。でもこんな時に限って良さそうな話題が浮かばない。
そして佳那子さんは皿に残っていた最後の一切れを口にして、私も残りを食べてしまった。デザートの時間もこうして終わる。
「
「そうです。同じ場所ですよ」
佳那子さんは腕時計を見て時間を確認する。
「そろそろお開きにしようか。あんまり遅くなってもね。車で送るね」
「悪いのでいいですよ、電車で帰ります」
「でももうちょっとだけ、一緒に話してたいから送らせて。さすがに一緒にいすぎて飽きちゃったかな」
「そんなことはないです! 飽きるなんて、そんなこと。私だってまだ佳那子さんといたいって思ってますから!」
「本当に?」
「本当です。こんな嘘ついても意味ないじゃないですか」
一度は断ったけど、やはり佳那子さんと離れがたく、お言葉に甘えて車で送ってもらうことにした。
佳那子さんの車は青いセダンで、私は後部座席に座るつもりでいたけれど、助手席のドアを開けてくれたので前に乗ることにした。
二人で並んで、夜の東京を走る。流れる夜景に、ラジオから聞こえてくるのはしっとり落ち着いたジャズ。まるでデートの帰りのよう、なんて思ってるのは私だけなのが虚しい。
「佳那子さんはよくドライブされたりするんですか?」
「たまにね。気が向いたら
「わぁ、なんかおしゃれですね!」
「おしゃれなのかなぁ」
「佳那子さんだから、そう感じるのかも」
「紗月ちゃんは褒め上手だね」
和やかなムードのまま車はひた走る。
次第に車窓の景色は私が見慣れたものになった。いつも使っている駅に、家のアパートからもよく見えるマンション、コンビニにファミレス。知ってる景色は安堵感があるけど、本当にこれで今こそ私の今日が終わってしまう寂しさに襲われる。
『目的地付近に到着しました。ナビを終了します』
カーナビの音声が告げると同時に目の前には私が住むアパート。
「⋯⋯佳那子さん、そこです」
「ここね、了解」
車が停車する。
「送っていただき、ありがとうございました。今日はすごく、すごく楽しかったです」
私はめいっぱいの笑顔で伝える。寂しい気持ちは心の奥にそっとしまって。
「私の方こそ、ありがとうね、紗月ちゃん。四年会わなかった分、たくさん話せて気持ちが満たされたよ」
「そう言ってもらえると、私も嬉しいです」
またこうして佳那子さんと会えるのか。今日起きたこれまでの時間は奇跡なんじゃないかと、二度と訪れない気がして、私は別れるのが怖かった。なかなか車のドアノブに手がかけられない。
出会った頃から佳那子さんが好きという気持ちは結局、しおれることも消えることもなかった。むしろ会ってしまったために、好きの気持ちが増幅されている。
「あの、佳那子さん」
「なぁに、紗月ちゃん」
「私、一緒に働いていた時から佳那子さんに憧れていました」
言葉が行き場を求めるように口から流れ出す。
「だから佳那子さんがいなくなった時は本当にショックで、もう同じ場所で働けないんだと思ったら辛くて⋯⋯」
「うん⋯⋯」
「私は大事な何かを失くしてしまった気がして⋯⋯。片時も佳那子さんのことを忘れたことはありません」
「⋯⋯ありがとう、紗月ちゃん」
「はい。やっぱり今日本当に久しぶりに会えて、私はどうしようもなく佳那子さんが大好きなんだって実感したんです。こんなことを言ったら、気味悪く思うかもしれませんが⋯⋯」
「私は紗月ちゃんが何を言っても気味が悪いなんて思わないよ」
そんなことを言われたら、私はもう⋯⋯。止まれない。
「⋯⋯⋯佳那子さんが好きなんです。昔からずっとずっと⋯⋯!!」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
「特別な、世界で誰も変わりがいない、特別な好きなんです。⋯⋯私は佳那子さんが好きなんです」
ついに言ってしまった。告白してしまった。佳那子さんの声音は優しいけど、顔は見れない。どんな瞳で私を見つめてるのだろう。少しでも嫌いだと、気持ち悪いと思われたら終わってしまう。今日どころではなく、全てが。
気づいたら私は車のドアノブに手をかけて、飛び出していた。終わるのが怖かったから逃げ出した。
「待って、紗月ちゃん!」
私がアパートの階段を駆け上がると、佳那子さんが追いかけて来て、上りきったところで腕を掴まれる。顔は見れない。俯いてると、体が柔らかいものに包まれる。佳那子さんに抱きしめられていた。
思わず見上げれば、そこには街灯に照らされた泣きそうな佳那子さんの顔があって。その切ない表情に、私は目を逸らせなくなった。
「佳那子さん⋯⋯?」
「あのね、紗月ちゃん。信じられないかもしれないけど、私も紗月ちゃんが好きだったの。初めて会った時から」
「⋯⋯嘘」
「嘘じゃない! 紗月ちゃんの控えめだけど、いつも頑張ってる姿が大好きだった。初めは可愛い後輩のつもりだったのに、いつの間にか紗月ちゃんを目で追ってた。好きすぎて、好きすぎてどうしていいか分からなくて、会社辞めた。辞めたら全部忘れられると思ったから。
全部断つためにメアドも変えたし、紗月ちゃんからの電話もわざと出なかったの。けどこの四年間、忘れたことはなかったよ。紗月ちゃんのお姉さんに会った時は、逃げたのにどうしてって思った。
でももう一度会ったら吹っ切れるかもって変な期待して、今こんな状態。吹っ切れるなんて、無理そう。
というより、吹っ切れなくてもいいのかな。紗月ちゃんが本当に私と同じ気持ちなら」
佳那子さんが強く私を抱きしめる。人の腕の中はとても温かい。それが好きな人がなおさら。私は子供みたいに泣きじゃくってしまった。
よく晴れた日のドライブは何て爽快なのだろう。私はそれを初めて今日知ることができた。隣りに座り運転する佳那子さんはラジオから流れる歌に合わせてリズムを刻んでいる。
車窓に広がるのは青い海。きらきらと水面が太陽で輝いていた。遠くに島が見える。江ノ島だ。テレビでしか見たことがない島が今目の前にあるのは興奮する。
「佳那子さん、江ノ島ですよ! 江ノ島! あそこの島に水族館があるんですよね!?」
「紗月ちゃん、水族館があるのは陸の方よ。島には神社や塔はあるけど、水族館はないのよ」
「そうなんですか。てっきり島にあるのかと。あ、あの島の真ん中あたりにぽつんと生えてるのが塔ですか?」
「そうそう。確かシーキャンドルっていう名前でね。昇って展望を楽しめたはず。水族館の後に行ってみる?」
「はい、行きたいです!!」
私と佳那子さんのデートは今日で三回目。再会した日を入れてもいいなら四回目になる。
一生片想いのままだと思っていた人と今は幸せに過ごしている。
まだまだ恋人の実感は薄いけれど、日々を重ねたら、それもいつかは当たり前になってしまうのだろう。それは少しさびしくもあり、また楽しみでもある。
「佳那子さん」
「ん?」
「何でもないです。呼んでみただけですよ」
恋は必ず実るとは限らないけど、諦めて捨てていたら今の私たちはいなかった。
こうして遠回りをしても結ばれたのは、かっこつけて言うなら運命だったのかもしれない。
これが運命なら私は全力で手繰り寄せて離さない。
私たちがいつまで一緒にいるかは分からないけれど、ひとまず今はたくさんの思い出を作ろう。たくさん、たくさん。
離れても好きな人 砂鳥はと子 @sunadori_hatoko
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