第3話 まだ一緒に
ランチの後は、
初夏にふさわしい、水辺の絵を集めた展覧会。場所が場所だけにあまりお喋りはできなかったけど、同じ空間で同じ絵を見るのも趣があった。
それからデパートを二人でぶらぶらして、あれがいいね、これがいいねって話して、ちょっとした買い物をして。まるで普通の友だちみたいに過ごした。私からしたら、もし佳那子さんと恋人だったらこんな風にデートするのかななんて思ったりして。
デパートを出る頃には太陽はかなり西に沈んでいた。淡い紫から薄紅色、オレンジ色へのグラデーションが美しい空が広がっている。
私たちは目的地があるのかないのか、のんびりと街の中を歩いていた。
「今日は佳那子さんとたくさん話せて、久しぶりに充実した休みになりました」
「嬉しいこと言ってくれるのね、
気づけば目の前には駅。ここに来たらもうお別れだろうか。二人の時間がいつまでも続けばいいのに。
「紗月ちゃん、そろそろ帰る?」
「そうですね、日も暮れて来ましたし」
私たちは何も言わず駅に入る。土曜日の駅は人で賑わっていて、私たちのように遊び終えて帰るであろう人たちが何人も通り過ぎた。
「佳那子さん、今日はありがとうございました。姉に巻き込まれてしまったのに、こうして会いに来てくださって嬉しかったです」
「こちらこそ、紗月ちゃんと会えて楽しかった。来てよかったなってひしひしと感じてるところ」
「佳那子さんさえよければまた遊びに行きませんか」という言葉が出かかって私は飲み込んだ。今日はこんな顛末で共に過ごしたけれど、佳那子さんがまた私に会いたいと思ってるかは分からないからだ。
私たちはありきたりな別れの挨拶をして、それぞれ向かうべきホームへ進んだ。
ホームに降りると、向かいのホームがよく見えた。佳那子さんの姿を見つける。
離れてても目が合うのが分かった。
(今日がこのまま終わってしまうのは寂しいな)
まだまだもっと、佳那子さんと一緒にいたいのに。
そんな気持ちを押し殺しながら私は小さく手を振った。佳那子さんも私に手を振ってくれる。
私はカバンからスマホを取り出して、チャットアプリを開いた。佳那子さんと連絡先を喫茶店で交換していた。
『佳那子さん、見えますか』
メッセージに気づいてくれるだろうか。
しばらくして佳那子さんもスマホを取り出した。
『ちゃんと紗月ちゃん見えてる』
『このまま帰るのがもったいない気分です』
ウサギのキャラクターが泣いてるスタンプを押す。
『分かる〜。私もまだ紗月ちゃんと話したいと思ってるよ』
佳那子さんも私と同じスタンプを持っていたらしく、同じ泣いてるウサギが画面に現れた。
一つ同じものが好きって知れて嬉しくなる。
温かい気持ちになったところで向かいのホームに電車が滑り込む。もう佳那子さんの姿は見えない。さすがに人が大勢乗り込んだ車窓から佳那子さんを見つけ出すのは難しい。
終わってしまう。今日という私にとって大切な日が終わってしまう。そう思ったら喉の奥がつんとして涙が浮かんだ。
去りゆく電車を見送りながら、私は目元を拭った。
(きっとまた会える。連絡先だって交換したし)
私はスマホの画面の泣いてるウサギを見ながら、また会える、また会えると何度も心で呟く。
「紗月ちゃん!」
切なすぎて幻聴まで聞こえてきた。
また会える、また会える。
「紗月ちゃん!」
あまりに明瞭な声に顔を上げる。見渡すとホームの階段を駆け下りて来る佳那子さんが目に飛び込んだ。
「佳那子さん!?」
「⋯⋯紗月ちゃん、ごめん。どうしても、まだ話したくてホーム戻って来ちゃった」
「⋯⋯佳那子さん。佳那子さん私もです。私も同じ気持ちです」
私たちがいるホームにも電車が来る。
だけど私は乗らなかった。
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