第2話 巡る二人
翌日の夜、姉から電話があった。
『今週の土曜日暇?』
「特に予定はないから暇といえば暇だけど」
『それじゃ、また会わない?』
「いいけど、でも姉さん土曜日には向こうに帰ってるでしょ?」
私の地元は東京から新幹線で二時間はかかる。日帰りできることはできるが、たった一日私に会うだけでわざわざ来るような距離でもない。
『それはそうなんだけど。まぁちょっとね。積もる話があるから。と言っても何か深刻な話ってわけでもないなら、この間みたいに会って話そう』
取り立てて断る理由もないので、私は土曜日に姉さんに会うことになった。
待ちあわせ場所は何故か私の勤める会社からほど近いところにある喫茶店。
昔はよく
私はそこそこおしゃれをして喫茶店に向かった。このおしゃれをしてくるのも姉の指定。東京なんだからおしゃれしないとダメだとか何だとか言うから、仕方なく。
適当な服装でもよかったのだけど、姉は東京に幻想を抱いてるみたいなので、壊さないようにおしゃれをしておいた。
何故かカバンはあの通勤カバンを指定。また見たいからって。物好きで呆れてしまう。
土曜日に会社近くまで来るなんて初めてかもしれない。見慣れた景色も土曜日だと少し違って見えるから不思議だ。
私は目的地前まで来る。喫茶店「ひまわり」。
レトロな古き良き佇まいのお店。
姉が言うには左奥の席で待ってるという。
私は案内してくれようとした店員さんに待ちあわせであることを告げて、奥に進む。お店の空気が懐かしい。最後に来たのはまだ佳那子さんがいた四年も前だ。
私は佳那子さんがいなくなってからここには来ていない。だってここには佳那子さんとの思い出ばかりだから。気持ちに蓋をするために、あえて避けていた場所。
奥の席まで来て、私は姉がいないことに気づく。変わりにそこに座っていたのは⋯⋯。
「
「えっ、佳那子さん!?」
どこからどう見ても間違いなく佳那子さんだった。以前は短かった黒髪を肩にかかるくらいまで伸ばして、髪色も明るくなってて、ちょっと雰囲気が変わっている。それでも佳那子さんに違いない。
(佳那子さん、本物の佳那子さん!?)
「紗月ちゃん、久しぶりだね。突然で驚いたよね。取り敢えず座って」
私は言われるままに向かいに腰を下ろす。私が知ってる頃と変わらないままの華やかな笑顔の佳那子さんがここにいることに、まだ現実感がない。
何故目の前に佳那子さんがいるのか。そして姉はどこに行ったのだろう。
「話と違うって顔してるね、紗月ちゃん。今日はお姉さんに会うつもりで来たんだよね」
「ええ」
どうしてそれを佳那子さんが知っているのか。まだ状況が分からなくて白昼夢でも見ている気分。
「どこから説明したらいいかな。紗月ちゃんのお姉さん、先日出張で東京に来てたでしょ。その出張で会った相手が私なの。って言えば伝わるかな」
「姉さんが仕事で会ったのが佳那子さん⋯⋯?」
状況は分かったけど、まだ混乱している。
「そう、私。今度紗月ちゃんのお姉さんの会社とうちの会社が提携することになってね。それでお姉さんに会って。会議の後に声をかけられたの。『この人を知りませんか、うちの妹なんですけど』って名刺渡されてね。それが紗月ちゃんの名刺だったわけ」
蕎麦を食べた日に姉は私の名刺が欲しいと言った。それを渡したってことだろうか。
「まさかあそこで紗月ちゃんの名前を見るなんてびっくりして。お姉さんが言うには私の名前に見覚えがあったらしいのよ。その名前が紗月ちゃんの元先輩と同じだから気になって、声をかけてくれたみたいなの」
姉は佳那子さんのフルネームも確認していた。あれで確信して私の名刺をほしがったなら合点はいく気がする。だとしても佳那子さんにまで確認するなんて。姉の行動力に私は呆れるやら関心していいのやら。
「姉が仕事中に失礼なことをして申し訳ありません」
「いいの、いいの。気にしないで。私も驚いたけど、こんな偶然ないもの。私もお姉さんの立場だったら声をかけてるよ」
「本当に姉がすみません」
穴があったら入りたい気分だ。
(姉さんのバカバカバカ!)
今頃どこかで高笑いしてそうな姉が思い浮かんで、悔しい。
「でもそうだとしても、どうしてここに佳那子さんが?」
「お姉さんが紗月ちゃんが私に会いたがってるって聞いて。今でもいなくなった私のこと覚えててくれてるんだなと思ったら嬉しくて。それでお姉さんがよかったら紗月ちゃんに会ってほしいって。それで私も承諾したら、サプライズしたいから、今日はお姉さんが来るってことにして紗月ちゃんを呼び出して、びっくりさせようっていう作戦だったの。けどいきなりすぎてびっくりどころじゃなかったよね。ごめんね、紗月ちゃん。私もお姉さんの作戦面白いなと思ってのっちゃって」
「いえ、それはいいんですけど」
ということは姉は東京にはいないのだろう。何か妙な約束だとは思った。おしゃれをして来いとか、カバンは通勤カバンにしろとか。まさかこんなことだったなんて。姉は東北の地で笑い転げてるかもしれない。全く、とんでもない姉だ。だけどそのとんでもない姉のおかけでまた佳那子さんに会えた。
「佳那子さんにご迷惑かけてしまって、すみません。あの、でも、またお会いできて嬉しいです」
「私も。そう言えばそのカバン、まだ使ってくれてるんだね」
「ええ、まぁ。その、使い勝手がすごくよくて⋯⋯」
まさか佳那子さんからもらったものだから使い続けているとは言えない。
「そのカバンもそこまで使ってもらえてるならカバン冥利に尽きてるんじゃないかな、なんてね」
「そうですね、ずっと使ってますから!」
改めて佳那子さんを見ると、私にはやっぱり眩しくて、憧れで、大好きで。
内に抱えてた恋心が溢れそうになる。
「紗月ちゃん、仕事の方はどう? みんな元気にしてる?」
「元気ですよ。
「みんな元気そうで安心した」
佳那子さんは目を細めて懐かしそうに微笑む。でももう彼女は私たちのところには戻ってこないことも実感する。
「あの、佳那子さんはどうして会社辞めたんですか? 私はいつもバリバリ仕事をこなす佳那子さんはすごいなって思って見ていました。大変な時でも前向きに楽しそうに仕事されてて⋯」
そんな佳那子さんの姿を見るのが私の幸せでもあった。今は失われた私の幸せの一つ。
「どうして、だろうね」
佳那子さんが私を見つめる。深い湖のように澄んだ瞳が私を惹きつける。
「特に何か嫌なことがあったわけではないの。むしろ楽しかった、紗月ちゃんが言うようにね。でも楽しくて、幸せだったからこそかなぁ。その幸せは私には届かないものだったから」
「届かない⋯⋯」
目の前にあったのに、届かないなんてあるのか、佳那子さんでも。
私も届かなかった。仕事ではなく、それは恋だったけど。
「そう、届かなくてね。それが辛くて新しい場所で頑張ろうって思ったの」
「今は幸せですか、佳那子さん」
「“今”、“今”ね。そうね、幸せかも。当たり前だけど、自分の影って逃げても逃げても追ってくるでしょ。私はその影を振り切ったと思い込んでて、でも実際には日影の中にいただけでその影はそこにいたんだと思う。ちっとも振り切れてなかった。まぁ、振り切れてなくてよかったのかもしれない」
私にはちょっと難しいたとえで話す佳那子さん。
「何かたくさん話してたらお腹空いちゃったなぁ。紗月ちゃんも何か食べない?」
言われて私はお昼が近いことに気づく。
昔みたいに私たちはランチを頼んで、昔話に花を咲かせたのだった。
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