プロローグ
木野しめじ
第1話
俺は家に帰るや否や、安物のネクタイを緩め、仕事鞄をベットへ放り投げる。
今日も疲れた。時計を見ると日付が変わっていた。
何か食べた方がいいんだろうが、今食べると太っちゃうな…。そもそも食欲がない。
俺はパソコンの電源を入れると、いつものようにオンラインゲームにログインする。
〈クロムさんがログインしました〉
〈クラン『夜の行進』:ログイン2名〉
俺はこのオンラインRPG『スカイ・アブソリュート』でクランのサブリーダーをしている。クランというのはつまり、プレイヤーたちのチームのことだ。
もっとも、このクランは俺と、もう一人しかいないが。
ナマズ艦長:あ、来た
クロム:どもども館長さん
ナマズ艦長:遅いよ!待ちくたびれたよー!
クロム:いや残業で
ナマズ艦長:俺も俺も!さっき帰ってきたところ
クロム:官庁さん、待ちくたびれたんじゃないの?
ナマズ艦長:そんな事言ったっけ?
クロム:ねぇ干潮さん、ついに四つ前のログも読めなくなったの?
ナマズ艦長:さっきから意図的な誤変換で地味な嫌がらせすんのやめい
クランのリーダーでもう一人のメンバーである『ナマズ艦長』さんといつも通りのしょうもないチャットをする。
このクランも遂に二人だけになってしまったな。
まぁ、しょうがない。
このゲームのメイン要素、飛空戦艦がいつまで経っても実装されないからな。
俺も艦長さんがいなかったらとっくにやめてる。
クロム:メンマ砲できた?
ナマズ艦長:メンマじゃないって言ってるのに
クロム:だって原材料竹だし
ナマズ艦長:だったら鉄鉱石とか集めるの手伝ってよ
艦長さんは飛空戦艦がいつか実装されると信じて、専用の職業『キャプテン』を育成している。
そして俺もその手伝いをしている。
バカのやることだが、こうしている時間が一番楽しい。
俺はチャットの合間に冷蔵庫から緑茶のペットボトルを持ってくる。ゲームのお供だ。
オンラインゲームは他のプレイヤーと交流できるのも楽しみの一つだが、俺は仕事の関係で時間が合わない。
でも艦長さんは俺と同じ業種なのか、大体いつも同じ時間帯に遊んでいる。
俺の大切な遊び仲間だ。
でも、俺はこの人の名前も住所も知らない。
俺も言ってないしな。
理由はなんとなく。
ナマズ艦長:飛空戦艦が実装されたらさ、課金のも欲しいんだけどさ
クロム:うん
ナマズ艦長:待ちきれんから、自作できるやつも材料集めたい
クロム:マジ?
ナマズ艦長:マジ
ナマズ艦長:鉄鉱石だけで4000とかあるんだけど…
クロム:やるのか
ナマズ艦長:やろうぜ!
クロム:だが断る
ナマズ艦長:なんで!?
クロム:二人で100個集めるのに3時間もかかったの忘れたか?
ナマズ艦長:鉱山の件など忘れた
クロム:覚えてますよね?
俺が嫌がることを、この人は無理矢理やらせようとしてくる。それだけだとウザい上司と変わらないが。やってる時は妙に楽しいから不思議なもんだ。
この人とは相性がいいのかも知れない。
だから、俺は艦長さんをサポートするのが楽しい。
こういうのが俺の性に合うんだろうな。
ナマズ艦長:あれ?
ナマズ艦長:クロムさん?
ナマズ艦長:おーい
ふと気づくと、艦長さんのログがずらっと並んでいる。
俺、もしかして寝てた?
俺は慌ててキーボードを叩く。
クロム:zzz
ナマズ艦長:オイコラ起きろ
クロム:もーたべられないよー
ナマズ艦長:ベタすぎる
クロム:ゴメン寝てた
おかしいな、眠気なんてなかったのに。
まぁいい、やっと今日…昨日の仕事が終わったんだ。もう少しくらい遊んでいたい。
ナマズ艦長:クロムさん働きすぎじゃない?
クロム:働きたくないよう
ナマズ艦長:俺もだよう
クロム:艦長さん、歳いくつ?
ナマズ艦長:アナタに言われたくないで
よし、うまく話題を変えることができた。
艦長さんになら、プライベートな話をしてもいいかなとは思うんだけど、なんとなく躊躇った。
ゲームの中の俺は、貧乏サラリーマンではない。艦長さんの副官、このクランのサブリーダーなのだ。
艦長さんに失望されたくない。
ナマズ艦長:やっぱりクロムさん働きすぎじゃない?健診とか受けてる?
クロム:そんなものはないっ!
ナマズ艦長:大丈夫なのかその会社…とにかく健診は受けとけよ!艦長との約束だぞ!
クロム:はーい
ナマズ艦長:絶対だからな!!
意外としつこいな。
確かに環境は劣悪だが、他の選択肢が無いのだら仕方ない。
少し面倒くさいが心配してくれる艦長さんに嬉しさを感じる。
クロム:じゃあ健康のためにもう寝るか
ナマズ艦長:ダメ絶対
クロム:じゃあどうしろと!?
ナマズ艦長:健康に気を配りつつ、俺と遊んで下さい。
クロム:鬼かあんたは
ナマズ艦長:だって他にいないんだもの
クロム:まぁね
俺たちは支度を整えると、アイアンゴーレムが出現する鉱山へと赴いた。
ナマズ艦長:逃げる鉄ゴレは敵だ! 逃げない鉄ゴレは訓練された敵だ!!
クロム:はいはい、強化魔法するから戻ってきて
ナマズ艦長:パワー!HPがゴミのようだ
クロム:それは艦長がねー
ナマズ艦長:回復プリーズ
クロム:はーい
俺が後ろから艦長を支援して、艦長さんが大砲でアイアンゴーレムを吹き飛ばす。強力な『砲撃』が使えるのが『キャプテン』のいいところだ。
問題は重すぎるあまり、持ち歩くのがほぼ不可能ということ。
まぁ俺の魔法でなんとかなっているが。
ナマズ艦長:だいぶ集まったな 300くらい?
クロム:やった
クロム:てか艦長動ける?
ナマズ艦長:動けない
ナマズ艦長:助けて
クロム:道理でボコボコに殴られてると思った!
慌てて艦長のフォローに入る。攻撃魔法用意してないんだけど。
途中何回か死んだが、とりあえずなんとか鉄鉱石を集めて帰還できた。
ナマズ艦長:これだけあったらもっといい砲台作れるな
クロム:でもあれ竹よりも重いよ
ナマズ艦長:大丈夫、わかってる
クロム:これは次作ってある流れだ
ナマズ艦長:ソソソンナコトナイヨー?
クロム:仕方ないなー
クロム:重量軽減魔法のレベル上げしとくわ
ナマズ艦長:やったクロムさん愛してる
クロム:おまわりさーん
ナマズ艦長:通報やめて
できた、次やることが。飽きずに楽しめる。
もう少し遊んでいたいけど、そろそろ寝ないと明日の仕事に支障がでる。
クロム:じゃあそろそろ寝るわ
ナマズ艦長:じゃ俺も
クロム:明日、手伝ってくれる?
ナマズ艦長:おうよ!
ナマズ艦長:では我が副官よ、また会おう!!
クロム:おやすみー
ナマズ艦長:おやすみー
〈ナマズ艦長さんがログアウトしました〉
いつもこの時、少し寂しくなる。
明日また帰ってくるまで楽しみがない。
まぁしょうがない。
俺はスーツをハンガーに掛けて、目覚ましをセット、シャワーを済ませる。
そしてベットにもぐり込み、目を閉じた。
* *
その後、ブラック企業で働いていた俺は過労死し、『スカイ・アブソリュート』にそっくりな異世界で生まれ変わるが、それはまた別の話。
プロローグ 木野しめじ @kinosimezi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます