放置育成

結騎 了

#365日ショートショート 175

 スマホを触らなければ小動物が成長する。そんな流行りのアプリを、根津もスマホにダウンロードした。

 というのも、最近は常にスマホを触り続けてしまう。完全に依存症だ。特段、なにをする訳ではない。SNSを開き、MyTubeを巡回し、漫画アプリを見て、フリマアプリで検索する。以下、これの繰り返し。幸か不幸か、根津は窓際の席の棚の奥、誰の目も届かないデスクで孤独に仕事をしていた。それはつまり、最低限のタスクさえこなしてしまえばいくらでもサボれるということ。最初の頃はむしろ張り切っていた。隠れて小説でも読んでやろう。年間に100冊は読めるだろうか、などと。なんのことはない。人間は怠惰に流れ、順応する生き物である。楽な方へ流れる。楽な方へ知恵が働く。根津が目的もなくスマホをいじる毎日を過ごすまで、1ヶ月とかからなかった。

 さすがにこれではいけない。ワイドショーで話題になったアプリを、依存症対策としてダウンロードしてみた。起動させると、画面には見たこともない小動物のイラストが……。犬のようでもあり、猫のようでもある。ヘンテコな見た目なのに、どこか愛くるしい。説明のテイストを読む。なになに…… この動物は、アプリを起動させた状態で放っておくと、成長します。放っておくだけで、自動で餌が与えられ、散歩やトイレの世話まで行われます。なにも操作をする必要はありません。逆に、アプリの画面に触れてしまったり、アプリを閉じたりしてしまうと、餌も散歩もなく、程なくして病気にかかり死に至るでしょう。この動物を可愛がる方法は、ただひとつ。スマホを放置することなのです。

 なるほど、完璧な依存症対策だ。流行るのもよく分かる。それでは試しに放ってみようじゃないか。コトッ、とスマホを置き、仕事に取り掛かる。書類と睨めっこ、ちらっ。パソコンを起動、ちらっ。犬あるいは猫は、丸まったままあくびをしている。なんだって、まだ5分しか経っていないじゃないか。し、しかし…… 可愛い。なんだ。おいおい。この生き物は可愛いぞ。

 根津は、すっかりその動物の虜になった。時間を見つけてはアプリを起動し、その愛くるしい表情を見守る。電子の生き物だとしても、これが自分の大事なペットだ。しかし、依存症はそう簡単には治らなかった。動物は次第に痩せ細り、顔色が悪くなった。うなだれる様子も多くなり、明らかに健康を損なっていた。慌てた根津は、退勤中に見かけた店舗に車を乗り入れた。待ってろ、絶対に助けてやるからな。

 半月後、犬あるいは猫は笑顔で駆け回っていた。そのハツラツとした動きに、スマホの画面は狭そうだ。運ばれてきた餌を勢いよく頬張る。根津も満足気だった。『これでお前と楽しいひと時を過ごせるな。よかった。本当によかった』と、2台目のスマホからSNSへ投稿が為された。

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