約束のことば

『宇宙エレベーターの麓より生中継でお伝えします!本日報道陣に初公開されたのはこのエントランス、そしてエレベーターホールです!見てくださいこのガラス張りの広がる景色を!ここでは航空機以上のセキュリティ対策がされており………』


コツコツと響く革靴の足音。


興奮気味のキャスターとその取材班を他所に、鑓水はエレベーターホールへと向かっていた。“宇宙プラットフォーム研究会副会長”という立場からすれば、取材に出てもおかしくはない。

ただ、鑓水こいつが出ることは無いだろう。これは会社でもマスコミでもない。本人の希望だ。



「さて…セキュリティ検査か。」


鑓水はエントランス奥にある部屋の中に入った。


一面真っ白の壁に、ポツリとディスプレイとスキャナーが置いてある。



【ようこそいらっしゃいました。宇宙エレベーターへようこそ】

無機質な声が部屋に響く。

鑓水は機械の前に立ち、カードをかざした。


「よろしく。機械さん。」


鑓水が言うと、それは静かに動き始めた。


【管理チップを確認……………データベースと照合成功】


【生体認証……………顔、声紋、虹彩とも合致。】


【金属反応、異常点……………なし】


【手荷物…………異常なし】


順々に切り替わっていく画面。




【おかえりなさい。鑓水様。】


そう表示されると、何もないはずの部屋の壁が開いた。


「いつやっても慣れないな…。保安検査は。」


鑓水はそう言うとエレベーターホールへと消えていった。





場所は変わり。



社内ではこの話題で持ち切りだった。

そりゃそうだ。社運どころか国家をかけた一大プロジェクトか成功したからだ。

「いやぁ本当に凄いね…まさかこんな短期間で建設できるとは…。」

「松葉ぁ…俺も担当してみたかったよ…」


お昼時、酒々井と松葉は食堂のテレビを見ながら話す。


「そういえばさ…先輩今日居ないって行ってたけど…出張かな?」

「さぁ…僕も何も聞いてないからわからないけど。」

「そうだよなぁ……」


「あいつは試乗会だぞ」


ここで思わぬ方向から声が掛かる。

「えっそうなんで……って宮古さん!今日ももう食べ終わったんですか!?」

「あぁ。美味しかったな。」


「それで宮古さん…試乗会ってまさか…?」


「そう。あのエレベーターだ!」

宮古さんはテレビを指差す。画面には長い長いエレベーターが映し出されている。


「俺も乗りたかったぁ…」

「僕も乗ってみたいな」


「だな。………お前たち24研究室でもまだ希望はあるぞ」

「…ある…んですか…?」

「僕的には無さそう」

「あると思えばある。明るく行こうぜお前たち!」







エレベーターの麓にて。



高速鉄道で都心部から約60分。


朝日がようやく上りきった頃、そこには3人の影があった。


「ようやく…できたんだね…。」

沓掛の母はそう言って涙を拭う。

「長かったようで短かったなぁ…。」

その娘、陽菜は少しばかり笑っていた。


その隣には俺が居る。


少しばかり春風の吹く日であった。




「では、こちらへどうぞ。」

俺はエントランスまで案内を進める。


5分ほど歩き、厚いガラスの自動ドアを抜ける。


そこは試乗会の方とマスコミとで混み合っていた。三人は列の最後尾につく。…と言えど予約はしてあるため特に大きな待ち時間など無い。


「時代は進化するんだねぇ…」

母はつぶやく。

「工期も3年位だったからね…早いものだよ。」


少し間を置いて、

「3年も経った…のね。」

そう悲しい表情をして、母は窓の外を眺めた。




特に何の差し障りも無く、手荷物検査は終えられた。

白い部屋を抜けた先には広いエレベーターホールが存在する。

そこは窓は無く、紺色の模様で彩られている。



「今から乗るのは……6番機ですね。」


航空券より少し大きい搭乗券を見ながら俺は言った。


「意外と台数があるんですね…」


「ええ。10番機まであるんですよ」


ホールの案内に沿って歩けば、直ぐに6番機はあった。

3メートルはある重厚な扉はすでに開いており、まるで俺たちを迎えているようだった。


「おお…意外と広いね。…なんかエレベーターと言うよりかは遊園地の展望塔に近いね。」

「確かにそうね…。陽菜ちゃんが子供の頃…4人で行ったわね。」

「まあ…そんなこともあったね。」


【ご乗車になりましたら、指定の席にお座りいただき、発車までしばらくお待ち下さい】

おもむろに自動音声が流れ始める。

「指定の席…ってどこかしら?」

「今日はどこでもいいですよ。貸し切りですし。」


「…じゃあここの席にしますか。」

「窓も近いしいいんじゃない?」



二人は一番眺めの良い席を取った。

「シートベルトも…締めてっと。…お母さん。ちゃんと締まった?」

「大丈夫よ。ほら。」


「では。なにか御用がありましたらお気軽にどうぞ。あちら側に座って居りますので」

「分かりました」


俺は10席以上離れた席に座った。円を描く席の配置になっているので、二人の姿は見えなくなっていた。





「…もう少しか。」

59分を指す腕時計を見ながら、俺はある物をカバンから出す。

それは暇つぶしに使う携帯でも、記念のためのカメラでも、エレベーターのチケットでも何でもない。


一つの封筒だ。

このエレベーターを共に作った人が渡した、最期の夢。


止まっていた時間ときが動き出す。



【まもなく発車いたします】


そう案内される。


短いベルの後に、エレベーターは扉を閉めて発車した。

響いてくる甲高いインバータ音と共に、体にGがかかる。


「…動き始めた…か。」


【皆様、宇宙エレベーターは動き始めました。10分にも満たない小さな旅をご堪能ください。また皆様に……】


放送が中に響き渡る。


俺は手に力を込め、繊細に、丁寧に、ゆっくりと封を切り始めた。


中には2枚の便箋が、三つ折りになって入っていた。

少しざらついた、ハナミズキが咲く便箋だった。



一呼吸置いてから開き、覚悟する。




読み始める。その想いを。





『27歳と1日』


ちゃんとエレベーターが出来るまで待ってくれたかな?

3年後の君が見ていると思うと少し変な感覚になるけど…。


今日の昼過ぎに担当の医者が来てね、あと数日って言われちゃった。でも君には伝えない事にしたの。心配掛けちゃ悪いからね。

もし知ってたら誰かが漏らした事になるけど…まあいいか。


最近手紙を書くことだけでも精一杯で、時々ペンも握りそこねてしまう時もあるんだ。本当にこれだけ体って弱るんだなって。

この前みたいにスーツケースを運んだ私の腕力は何処に行ったんだか…。


思えば私がこうやって生きてこられたのも君のお陰。もし居なかったら…26歳で死んでたかもね。

一週間ぽっちの違いだけど、精神的に誕生日あるかないかじゃ大きいよ。

それで昨日も生きてて良かったって思ったんだ。

ケーキ、おいしかったよ。

久しぶりに甘いもの食べて…。気持ちがリセットされたね。


そういえばさっき鑓水君が御見舞に来てくれたよ。あの子、結構なこと言うくせしてそういう所だけきちっとしてるよね。

ちゃんと仲良くしといてね。二人共。



…こんな事を聞くのは何だけどさ…。このあとちゃんと気持ち伝わってる?私だっていつ寝込むか分からないし…。

あぁ…こんな事を書きつらねる位ならあの時言っておけば良かった。せっかくケーキも貰ったんだし。やらかしたなぁ…。



君が「好き」でした。



もう文面だけだし、読むときにはもう空に行ってると思うけど。

でももし良かったら…返事をくれないかな?もしもう伝えてたら二度手間だとは思うけど…。


君は今から空よりも高い所に行くんだからさ。

聞かせてほしい。3年越しの想いを。


あぁ。恥ずかしかった。久しぶりにこんな恥ずかしい思いをした気がする…。


君もこの手紙を開くまでにどんな変化があっただろうね…。

昇進した?優秀な部下を持った?責任者になった?

もしかして彼女も出来た?

そんな未来の君を考えててもきりがないけど…。

君が幸せならそれでいいから。


こうやって手紙の残り数行を書いてるけどさ…。

正直生きたかった。君と一緒に。

でも君は過去に囚われすぎちゃいけない。進んでほしい。

私は過去の人。時々思い出すだけでいい。

また会えると信じて、この手紙を締めます。


沓掛 鈴


追伸


未来を信じる君となら、きっと。









「…生きたかった……か。」


溢れ出す感情と共に出てきた想いは一つだった。


「俺も鈴と生きてたかった……!」

涙が零れ、手紙に落ちる。

掠れた声はエレベーターの駆動音に掻き消され届くことはない。


「進み過ぎたんだよ…俺は……3年も……。」


また俺は鈴に泣かされてしまった。3年前も、冬のあの日も、今も。



「………泣かして貰ったな…また。男泣きなんて大人気ないか…。」


何度でも叫びたい想いを胸に仕舞い、涙を拭って。

俺は顔を上げた。


青空そらの上で見てくれているんだろ?」


眼前には雲すら遥か下にある、青空が広がっていた。遠くを見渡せば地球が丸いと直ぐに分かる程だ。

エレベーターはどんどんと宇宙へと近づいている。



もうエレベーターはブレーキを掛け始め、到着の案内放送も流れている。時間にして100秒も無いだろう。



「ありがとう、鈴。こんな俺をずっと待ってくれて。」

そう言い俺は手紙を綺麗に袋に入れ、鞄の中に仕舞った。



涙の跡が残る顔を、頬を叩いて戻して、

昂ぶる感情を抑え、


として、


そしてとして、


「ふぅぅ…。じゃあ…行きますか」


止まりかけのエレベーターに俺はそうつぶやいた。









少しの衝撃も無くエレベーターは止まった。

シートベルトのロックが外れ、ドアが開く。












「お久しぶり、沓掛さん。」

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未来を信じる君と。 横瀬中雪 @yokozen

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