あの再訪から2週間ほど経った日。もう昼前だ。

「先輩…これ上の方っぽい人からの封筒なんですが…」

酒々井が茶封筒を渡してきた。


「ああ…。ありがとな」

なにか見覚えがある封筒。中身は手紙らしい。


「手紙…?」

ここで俺は思い出した。この前も同じ封筒を奴から貰ったと。


送り主は案の定鑓水だった。




手紙の内容はただの呼び出しなんかでは無かった。


「沓掛…陽菜さん…?」




俺は手紙を読み終わると、そっと胸ポケットにしまった。


「来週の土曜……宮古さんに頼むしかないな…」



そんなことを思いながら歩いて社員食堂へと向かった。






一週間と少し経ったその日。


待ち合わせ場所のある駅はやけに混雑していた。


ビルの隙間から綺麗な澄み渡る空を眺める。


沓掛の姉、陽菜さんとはもうあの日以来会うことは無かった。


沓掛が中心になったあの関係は、すでに崩れていた。


俺は現実逃げ続けていた。見て見ぬ振りをしていた。


でももうそんなことは出来ない。





その女性はベージュのトレンチコートを羽織っていた。背中から見ても判るような、あの日の面影を残して。


「お久し振りです。研究者さん。」


「沓掛…さん。…ご足労いただきありがとうございます」


「いえいえ…。もう3年も経ってしまうんですね…。」


陽菜さんも空を見上げる。


「…私がここに来たのは鑓水さんに呼ばれた、というのもありますが…」




「出来上がる前に…。一度貴方と会っておきたかったんです。」




「私と…ですか?」


「…鈴が病室で良く話してくれた思い出が貴方とのことで…気持ちの整理もついて来ましたし…。」



「何よりも形見の呼べるこのエレベーターもそこにありますからね。」



陽菜さんは上を見上げて笑った。その視線の先には果てしなく続く近未来宇宙エレベーターがある。


(形見……か…。)


元々何も無い草原に出来た新都心は、見違える程に発展している。多摩ニュータウンのような学園研究都市とでも言えばよいだろうか。


「…じゃあ沓掛さん。喫茶店にでも行きましょうか」

陽菜は笑って言った。

「えぇ。」








その後二人は何故か古めかしい喫茶店の中で思い出を語り合った。

当の本人はそこには居ない。でも二人の記憶の中にあるあいつは笑っていた。






もっとずっと長く話したい…そんな思いとは裏腹に、日はもう傾き始めていた。時間はこうも残酷なのだろうか。


「…そう…ですね。惜しいですが……もう帰らなければいけないんですよね…。」

陽菜は夕日を見ながら言った。


「…あの…。」


「…?どうかしましたか?」


「良ければ…なのですが…。試乗に…。エレベーターの試乗会に行きませんか…?」

俺はちっぽけな勇気を振り絞って聞いた。普通は勇気がいる話では無いが、今の俺にはこんな話でも緊張してしまう。


自分の不甲斐なさもあれど、この話を持ち掛けたことに少し後悔を感じていた。




でも、その後悔は直ぐに消えた。




「…ぜひ…是非行かせてください!」

まるで小学生のように陽菜は立ち上がり答えた。


少し客のいる店内に陽菜の声が響き渡る。

何だ何だと野次馬のように客の視線が集まってくる。


「あっ…その…すいません。」


恥ずかしくなったのか陽菜はそのまま席についた。



一息おいて陽菜は話し始める。

「……本当に。いいんですか…?」






俺は笑って答えた。

「勿論。行きましょう…あの雲の先まで。」


太陽は二人を横目にどんどんと沈んでゆく。


空は茜色に染まり、エレベーターの影を伸ばしていた。

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