rkgk:不良に脅されてNTRに巻き込まれたヒロイン~相手の不良と自分のカレシをぶん殴って全てを回避する~

らいと

・0

 武藤彩花むとうさいかは学年でも随一の不良と名高い志賀徹しがとおるから呼び出された。

 

 薄暗い空き教室。周囲に人気は皆無。ここにいるのは彩花と徹の二人だけ。

 

「私になんの用だ? 悪いが人を待たせているんだ。要件は手短に願いたい」

 

 

 凛とした佇まい。女性にしては高い身長。小顔で輪郭はシャープ。真っ黒な髪を背に流し、制服の上からもわかるほどに豊かな胸は彼女が腕組みをすることでより強調されている。

 

 切れ長の瞳が不快そうに細められ、並みの生徒であればその眼力だけで怖気づいてしまうほどの美人。


 にも関わらず、告白された人数は数知れず。切り捨てた数は数十人とも数百人とも言われている。しかも彼女は武道の達人であり、並みの男相手なら一方的に叩きのめすことができてしまうほどの腕前だ。

 

 ついたあだ名は『鉄血氷姫てっけつひょうき』。


 触れれば傷付き、凍てつくような断崖絶壁に咲く、完全無欠な高潔にして孤高な高値の華。

 

 しかし徹は、露骨に不機嫌そうな様子の彩花を前にしてもニタニタと気味の悪い笑みを浮かべている。

 

 彩花は組んだ腕の中で指をトントンと叩く。明らかにこの状況に苛立っていた。

 

 彩花には密かに付き合っている彼氏がいる。名前は小鳥遊大輝たかなしたいき。今どきの男子にしてはかなりの小柄で、まるで子犬のような愛らしさのある男性だ。


 今日は彼と放課後デートの約束している。

 

 それがこの男の呼び出しで遅れが生じていた。本当なら無視しても良かったのだが、この男は、

『お前の秘密を握っている』

などというメモ書きを机に忍ばせ、この場に彩花を呼び出したのだ。

 

 

「武藤、おまえ小鳥遊と付き合ってるよなぁ?」

 

 

 などと粘っこい口調と共に制服からスマホを取り出し、徹は画面を彩花に見せつけてくる。

 

 

「っ!?」

 

 

 そこには明らかに隠し撮りされたであろう、彩花と大輝が仲睦まじく街でデートをしている様子の写真が表示されていた。

 

 しかもそれは一枚だけではない。カフェで大輝が彩花に「あ~ん」をしているシーンや、ゲーセンで撮ったプリクラに頬を緩ませている彩花の姿、挙句の果てにはデートだけに留まらず、彩花と大輝が校内でキスをしているとろこまで撮影されていた。

 

 

「意外だったぜ。まさか天下の武藤彩花が、こんなパッとしねぇガキみてぇな男と付き合ってたなんてよぉ」

 

「っ……私がどこの誰と付き合っていようが、貴様には関わりなどないだろう!」

 

「はぁ? ねぇわけねぇだろ。この俺の告白をバッサリと断っときながら、こんなガキと付き合ってるとか、意味わかんねぇよ」

 

 

 徹はかつて彩花に告白してあっさりと玉砕した男の一人である。これまで多くの女性と関係を持ってはコロコロと相手を変えて来た徹は、その女癖の悪さでも有名だった。

 

 彩花に告白してきた時も、「今のオンナに飽きちまってよ」と前置きしてきたほどである。もはや彩花も怒りを通り越して呆れ果て、徹の告白を断った。

 

 すると徹は力づくで彩花を押し倒そうとしてきたのだが、彩花は持ち前の武術の実力でもって徹を撃退。

 

『二度と私に近付くな、クズが』と一蹴したのだ。

 

 

「なぁ知ってっか武藤。こいつと俺、実はすっげぇ仲良くてよぉ……こいつに頼めばなんだって言う事きいてくれっし、金が足りねぇ時は貸してくれるしよぉ……」

 

「っ!? 貴様、大輝に……」

 

 

 大輝と徹はクラスが同じだった。しかし体が小さく、ひょろりとした大輝は徹に目を付けられてしまったのだ。

 

 

「武藤。こんなガキなんかとは別れて、俺のオンナになれ」

 

「断る。誰が貴様なんかと」

 

「あ? いいのかそんな態度で。お前の返答次第では、このガキをどうにかしてやってもいいんだぜ?」

 

「なんだと?」

 

 

 徹の言葉に彩花の目つきが一層鋭さを増す。

 

 

「貴様、大輝をどうするつもりだ?」

 

「ああ? んなもん、今以上にもっと徹底的に痛めつけてやるに決まってんだろ」

 

「なっ!?」

 

「こいつの心も体も、ボロ雑巾になるまでサンドバックにしてやるよ。だか、お前が俺のオンナになるってんなら、これ以上は手を出さねぇでおいてやる……なぁ、おい。どうするよ、武藤」

 

「…………」

 

 

 彩花は徹から目を逸らし、俯いた。組んでいた腕も下におろし、無防備となる。

 

 その様子を見た徹は口角を歪に持ち上げ、自身の勝利を完全に確信。彼女の肩に触れ、その耳元に顔を近づける。

 

 

「安心しろよ。あんなガキより俺の方が何倍もお前を愉しませてやるからよ……手始めに、服を脱いで下着んなれ。そんで、俺の前に跪いて――」

 

「……わる」

 

「あ?」

 

「『断るっ』と言ったのだっ! このゴミクズ変態カス野郎が!!」

 

「っ!? がっ!? ぐほぉ!?」

 

 

 彩花は徹の鳩尾に膝を叩き込み、体をくの時に曲げた彼の腹にスカートの中が見えることも厭わずに強烈な回し蹴りをお見舞い。

 

 徹は机や椅子を巻き込んで吹っ飛び、無様に床へと転がった。

 

 

「て、てめぇ……こんなことして、あのガキがどうなってもいいってのか? それだけじゃねぇ。てめぇとガキが付き合ってること、全校に盛大にバラしてやってもいいんだぜ!?」

 

 

 この学校は不純異性交遊にはめっぽう厳しい。もしもバレたとなれば退学とまではいかなくとも停学処分くらいは受けるかもしれない。

 

 だが彩花は、

 

 

「それがどうした? 私は今ここで、貴様の脅しもしっかりと録音してある。こちらは停学『程度』で済むかもしれんが、貴様はこれまでの行いを加味しても確実に退学になるだろうな」

 

「ちっ……ならその前に、あのガキを徹底的にぶっ壊してやるよ。それでもいいってんだな武藤!?」

 

 

 彩花がわずかに肩を震わせる。徹はそれを見逃さなかった。

 

 

「てめぇがカラダを差し出しゃ、あのガキは見逃してやる。ああ? どうすんだよ、武藤」

 

「………………」

 

 

 彩花は尻もちをついた徹へと近付き、

 

 

「冗談じゃない」

 

「は?」

 

「私の処女を奪っていいのは、大輝だけと決まってるんだぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 彩花は徹の側頭部に強烈な蹴りを入れて、相手を完全に昏倒させたのだった。

 

 1・

 

 その日の夜。

 

 武藤家、彩花の私室にて。

 

 

「大輝っ、歯を食いしばれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

「ええっ!? ぎゃふん!」

 

 

 彩花は大輝の頬を盛大に殴りつけた。平手ではない。握り拳で、だ。むろん小さな体は軽々と吹っ飛んだ。

 

 

「大輝……お前のせいで私は……私は~~……」

 

 

 彩花は拳をわなわなと震わせ、今日あった出来事を包み隠さず大輝に打ち明けた。

 

 

「お前がそんな体たらくだから! 私はあんなクズに! あんなクズにこのカラダをいい様にされかけたのだ! この責任をどう取るつもりだ!?」

 

「ご、ごめんなさい」

 

「謝るなぁ! 私はお前に明らかな理不尽を強いている! むしろ私に怒れ~っ!!」

 

「ええ~……」

 

 

 情緒不安定な様子の彩花に大輝はなんとも言えない表情を浮かべる。

 

 そんなカレシを前にして、彩花は今日の放課後にあった出来事を思い出しながら、徐々に目つきを鋭くしていく。大輝は床に正座させられ、彼女の恨み言を受け止めていた。

 

 が、叱責も後半に差し掛かると彩花の声も徐々に小さくなり、最後には動揺する大輝を前に、

 

 

「ふぇぇぇ~ん! 怖かったんだからなぁぁぁぁぁ~~~~っ!」

 

 

 と泣き出し始めた。

 

 大輝はそんな彼女を前にオロオロとするばかり。


 しかし彩花から、

「見てないで慰めろ~~っ! 甘やかせ~~っ!」

 と泣きながら怒られ、彼女の頭を必死に撫でたり、ぎゅっと抱き締めたりと、大輝は必死にご機嫌取りに追われた。

 

 

「たいき~……」

 

 

 涙声で恋人の名を呼ぶ彩花。今は大輝の膝に頭を乗せ、細い腰に抱き着く姿は、さながら甘えたがりのネコのようだ。大輝は「なに?」と互いに視線を交差させる。

 

 

「お前は、私のこと、どのくらい好きだ?」

 

 

 などと、面倒なカノジョのような質問を繰り出す。そもそもこの質問、どう答えるのが正しいのかまるで分らない。

 

 が、大輝は少し考え、「う、宇宙一」と考える限り最大規模の比較対象を持ち出した。

 

 

「なんか適当な感じがする……」


 

 どうやら先程の答えはお気に召さなかったらしい。

 

  

「うぅ……そ、それじゃ……」

 

 

 と、頬を全力で殴られたというのに、大輝は律儀にも彩花の要望に応えようと再び思考を巡らせる。

 

 この人の良すぎる部分こそ、大輝が大輝たる所以であった。

 

 

「家族と彩花さん。どちらかを選べ、って言われたら、迷わず彩花さんを選ぶ、くらい」

 

「ご家族は大切にしろ!!」

 

「ええ~……」

 

 

 なんだか本格的にめんどうくさくなってきた。

 

 目をグルグルと回す大輝に彩花は手を伸ばし、さきほど自分が殴った頬に触れる。大輝はびくりと肩を震わせた。

 

 しかし突如、彩花の瞳から再び雫が滲みだし、それは量を増やし、最後には「ふぇぇぇ~ん!」と再び泣き声に変わった。

 

 

「ごめ~ん! たいきのごとなぐっぢゃった~! いたいおもいざぜぢゃっだ~! ごめ~ん! ぎらいにならないで~!」

 

 

 少年の膝の上で、彩花は目を押さえて号泣しながら謝罪した。大輝は彼女の頭をポンポンと優しく触れ、なんとか泣き止ませようと声を掛ける。

 

 

「あ、あの。だ、大丈夫だから。僕は気にしてないから。ね? ね?」

 

「たいき~! だいすぎ~!」

 

「う、うん。僕も彩花さんのこと、大好きです」

 

「うぇぇ~~~んっ! ぜったいたいきにしょじょあげるんだから~!」

 

「彩花さん!?」

 

「たいきいがいにはだかみられるのやなの~!」

 

「ぼ、僕も嫌ですよ……?」

 

「じゃあわたしのためにつよくなれ~! わたしよりつよくなれ~!」

 

 

 彩花は駄々を捏ねる子供のように大輝の膝の上で大泣き&手足をジタバタと暴れさせた。

 

 その姿は、学校で見せている凛とした姿とはあまりにもかけ離れ過ぎていた。

 

 しかし恋人である大輝は、そんな彩花の姿を愛おしそうに……同時に、申し訳なさそうに見つめた。

 

 ――しばらく。

 

 

「ずびぃぃぃっ!」

 

 

 豪快に鼻をかむ彩花。彼女はベッドの床で大輝と向かい合って正座になり、「ずまん」と鼻声で頭を下げた。

 

 

「大輝、その……私のこと、嫌いになった……?」

 

「え!? な、なんで!?」

 

「だって、急に殴っちゃったし……」

 

「ああ、まぁそれは……うん」

 

 

 さすがにいきなり殴られたことには、如何に人の良い大輝でも思うところがないわけではなかったようだ。

 

 

「その、いつからだ?」

 

「え?」

 

「いつから、あのクソやろ……んんっ! 志賀から、その……」

 

「いじめられてたのか、ってこと……?」

 

「……うん」

 

「その……2ヶ月くらい前から、かな……」

 

「そうか」

 

 

 二人が付き合い始めたが3カ月前。つまり付き合って1ヶ月ほど経った頃から、徹からの攻撃が始まっていたということらしい。

 

 

「黙っててごめん。彩花さんに、心配をかけたくなくて」

 

「分かっている。だがカノジョとしては、もっと早くに相談して欲しかった」

 

「う、うん、ごめ――」

 

「そうしたら、私が志賀なんか軽くボコボコにできるくらいに、大輝を徹底的に鍛え上げてやったのに。二週間くらいで」

 

「ん“ん”ん“っ!?」

 

 

 彼女の発言に大輝はどっと冷や汗を浮かび上がらせた。

 

 彩花は通っている道場の中でも相当の実力者らしく、後輩の指導も任されているとか。


 しかしそのしごきは筆舌に尽くしがたいほどに苛烈かつ厳しいらしく、ほとんど者が音を上げて道場を去ってしまうという。

 

 一度道場での彩花の姿を見たことがあるが、大輝には実のカノジョがあの時ばかりは本物の鬼に見えた。

 

 それでも一歩道場から出て大輝を前にすれば、まるで人格が入れ替わったのかと錯覚するほどベタ甘な少女に変貌するのだが……その豹変ぶりを知る者はごく少数。恋人である大輝と彼女の家族だけである。

 

 ちなみに武術道場を経営しているのは彩花の父である。彼女の持って生まれた格闘センスは父親譲りなのだ。

 

 

「……うん。大輝!」

 

「は、はい!」

 

「今日からしばらく我が家で生活しろ!」

 

「えっ!?」

 

「折よくあと数日で夏休みに入る。その間、私は心を鬼にして大輝、お前を立派な日本男児に鍛え上げて見せる!」

 

「ええええっっ!?」

 

「よし! ではさっそくママと交渉してくる! ちょっと待ってろ!」

 

「ちょっと!? あの! 彩花さん!?」

 

 

 言うが早いか。彩花はスマホを取り出して母親に電話をかけ始めた。

 

 ちなみに彩花の両親の呼び方は母親が「ママ」で父親が「親父おやじ」である。

 

 彩花の父は「パパ」呼びを希望しているが、娘からは完全に無視されていた。

 

 

「あ、ママ。うん私。えと、急なんだけど、大輝をしばらくの間うちに泊めたくて……うん。そう……あ、一拍じゃなくて、夏休み中ずっと。ダメかな? ……うん。うん……えっ!? いいの!? やった~!!」

 

 

 彩花は母親相手だと少し幼くなる。

 

 が、そんな普段とのギャップを前にしても、今の大輝には彼女を可愛いと思えるような余裕はなかった。

 

 それ以前に、結婚前の男女を同じ屋根の下で生活させるってどうなの!? と思う大輝。


 が、彼は知っていた。彩花の母親は、あまりにもおおらかすぎる人物であることを。見た目年齢もかなり若く、彩花とは違ってフワフワとした柔らかい印象の美人だったりする。

 

 

「喜べ大輝! ママからOKが出た! お前の家にも連絡を入れてくれるそうだ! これで今日からからでも全力で稽古に励むことができるぞ!」

 

「OH~……」

 

 

 その後、話はとんとん拍子に進み、大輝の両親も息子を武藤の家に預けることに同意。

 

 更には本来であればこの件に関して最難関であると思われた彩花の父親も、


「そうか! ようやく大輝君も自らを鍛え直す気になったのだな! ならばワタシも全身全霊を尽くして君を指導しようじゃないか! あっはははははっ! これで道場の将来は安泰だな!」


 などと、かなり好意的に今回の一件を受け止められてしまった。

 

 大輝は彩花の両親からいたく気に入られていた。彼はこの見た目と性格の穏やかさも手伝って、年上にはめっぽう好かれ易いのだ。更にはちょっとしたことにも気配りができる所なんかも評判が良く、彩花との交際は両親公認だったりする。

 

 

「さぁ善は急げだ! 夕飯の前に軽く汗を流しに行こう!」

 

「はぃ……」

 

 

 もはや彩花の勢いを止められる者は誰もおらず、大輝は夏休みの期間中、武藤親娘からみっちりと、それはもう地獄のようなしごきを受けることとなった――

 

 ・2

 

 新学期。

 

 長期休みが明けて、誰もが憂鬱に脚を引き摺られて学校へと登校している中、徹は眉間に深い皺を寄せていた。

 

 彼の計画では、夏休みの期間中はあのすました武藤彩花を好き放題に弄び、肉体的にも精神的にも自分に隷属させるつもりだった。

 

 しかし蓋を開けてみれば、彩花を脅すどころか逆に返り討ちに遭い、夏休みの半分はその時に受けた怪我でまともに動くこともままならず、屈辱と怒りに脳を焦がす日々を送っていたのだ。

 

 怪我が回復してからは、例の彩花のカレシである小鳥遊大輝を甚振って計画を元の軌道に修正しようと試みたが、その当人の行方は用として知れず……

 

 彼の夏休みは、完全無欠に無駄に浪費させられたのだった。

 

 彼の頭の中は、自分を拒否した彩花と、無駄に時間を使わせた大輝への復讐心で満ちて溢れていた。

 

 どう考えても逆恨み以外の何物でもないのだが……

 

 彼がそもそもそんな自制の精神を持っていたのなら、誰も最初から苦労などしていない。どこまでも世界は自分を中心に回っている。そんな考えが彼の言動の端々に滲み出ていた。彼に泣かされた生徒は数知れない。

 

 だが、そんな彼は土を付けられ、コケにされた。これに報復せずにはいられなかった。

 

 手始めに、夏休み中ずっと隠れていた大輝を登校直後から徹底的に痛めつけてやるつもりだ。

 

 そして――

 

 徹は教室に入るなり、机に座った小柄な標的の姿を認め、足早に相手の肩を鷲掴み、椅子ごと盛大に引き倒してやろうと暗い試みを実行しようと――

 

 

「っ!?」

 

 

 しかし、徹の目論見は外れ、その小さな体はびくともせず、まるで動く様子がない。

 

 咄嗟に手を放す。周囲のクラスメイト達も何事かと注目した。

 

 徹は居心地悪く周りを睨みつけて威圧する。

 

 そそくさと視線を外すクラスメイト達に舌打ちし、彼は大輝の首に腕を回して耳元に顔を寄せた。

 

 

「よぉチビ。久しぶりだな。まぁ取り合えず財布出せ。今日の昼代が足りなくてよ。お前ので立て替えさせてくれや」

 

「……」

 

「あ? おい聞いてんのか? 無視決めてんじゃねぇぞゴラ」

 

 

 ドスの利いた声で大輝を恐喝する徹。

 

 しかし彼は振り返らず、ただ静かに、

 

 

「嫌だ。君にお金を貸す義理は僕にはないし、なんならこれまで君に盗られたお金を全部返して欲しいくらいだよ」

 

「あ“? てめぇ、なに調子こいてんだ? 武藤がバックにいるからって図に乗ってんかあん!」

 

 

 こめかみに青筋を浮かべ、徹は大輝から体を離して椅子ごと彼を蹴り倒そうと衝動的に動く。

 

 が、

 

 

「なっ!?」

 

 

 大輝は徹の迫る蹴りを、振り返ることなく片手で受け止めた。

 

 

「やめなよ。新学期早々からこんな幼稚な真似」

 

 

 ここにきて、大輝は徹の足を払い除けてようやく振り返った。

 

 途端、徹は彼の姿に驚愕した。

 

 ダボダボだった制服ははちきれんばかりに筋肉が盛り上がり、その顔つきはこれまでのチワワのようなか弱さなど微塵も感じさせない精悍な物になっていた。

 

 あのポワポワしたシャタコン全開だった彼が、今はさながら荒木〇呂彦が作画したかのような劇画タッチな姿に変貌している。心なしか全身から謎のオーラまで放出しているような気さえした。

 

 あまりの衝撃に、徹の脳内では

『ズギャァァァァァァンッッッ!!』

 という効果音が響いたような錯覚に襲わる。

 

 

「て、てめぇ……誰だ?」

 

「何を言ってるの? 僕は小鳥遊大輝だよ……最も、夏休み前までの、君に虐められていた、あの弱い小鳥遊大輝はもういないけどね。聞いたよ。僕をダシにて彩花さんを手籠めにしようとしたって。正攻法じゃ手も足も出ないからって、そんな真似をするなんて……この卑怯者の恥知らず!」

 

「なっ……て、てめぇ……このクソチビィィィィィ……」

 

 

 徹のこめかみに血管が浮き上がる。一触即発の空気に教室中の生徒全員が息を飲んだ。

 

 

「雑魚の分際で調子に乗ってんじゃねぇぇぞゴラァァァァァ!!」

 

 

 徹は勢い任せに拳を振り上げ殴りかかる。

 

 しかしその一撃はあっさりと回避され、逆に足を引っ掛けられて机を巻き込んで盛大に転倒した。

 

 

「まるでイノシシみたいだね。あ、ごめんね。それはイノシシに失礼か。彼らは高潔な野生生物だったよ」

 

「こ、この~……舐めてんじゃねぇぞ!」

 

 

 立ち上がり、何度も拳を振り回す徹。しかし彼の攻撃はまるでかすりもせず、幾度も大輝に足を取られては床を舐めさせられる。

 

 

「もういいでしょ? これ以上は余計に君が惨めになるだけだよ?」

 

「うっせぇ! てめぇは俺の足下でっ、虫ケラみてぇに這いつくばってりゃいいんだよぉ!」

 

「これだけやらてもまだそんなことを言えるなんて、ある意味尊敬するよ――でも」

 

「は? お、ごっ……」

 

「もう、いい加減に耳障りだよ」

 

 

 向かってくる徹の懐に入り込んだ大輝は、彼の鳩尾に強烈な一撃かつ、静かな一撃を叩き込んだ。

 

 完璧なカウンター。向かってくる勢いに自身の打撃を乗せた一発は、徹の意識をあっさりと刈り取った。

 

 ズルズルと床に崩れ落ちる徹。彼が完全に床に倒れ伏したのと同時に、教室中から歓声が上がった。

 

 すると、それとほぼ同時に教室の扉が開かれ、ずっと外で事の成り行きを見守っていた彩花が姿を現した。

 

 

「大輝!」

 

「あ、彩花さん!」

 

 

 途端、先程まで荒〇作画モードだった大輝は、筋肉も萎み顔立ちも元の愛らしいものへと変化。パタパタとご主人に尻尾を振りながら駆け寄る子犬のごとき勢いで、大輝は彩花の下に走った。

 

 

「彩花さん! 見ててくれましたか!?」

 

「ああ見ていたぞ! 最後の一撃は実に見事だった! 改めて惚れ直したぞ大輝!」

 

 

 彩花は大輝をぎゅっと抱き締める。身長差があるせいで、大輝の頭はちょうど彩花の胸に埋まるような形になる。しかし二人はそんなこと気にも止めた様子はなく、盛大にはしゃいでいた。

 

 初めて見るテンションマックスな彩花の姿に、クラスは男女ともに目を白黒させる。

 

 

「ああ……やはりお前は最高のカレシだ……もう私は君以外の男と付き合うなんて考えられない」

 

「僕もです。僕をここまで変えてくれた彩花さんに、一生ついていきます……いえ、いずれは、その隣に並べる様な立派な漢になってみせます」

 

「よく言った! それでこそこの武藤彩花の恋人! ふふ……愛しているぞ、大輝――ちゅ」

 

 

 クラスメイトが見ている中、二人は熱い口づけを交わす。

 

 瞬間、先程よりも大きな歓声や黄色い悲鳴が教室中を埋め尽くした。

 

 そんな中、彩花は頬を染めながら大輝の耳元に口を寄せ、

 

 

「近いうちにな、私の家……ママと親父が二人で泊りがけの旅行に行くんだ。結婚記念日でな」

 

「それは、おめでとうございます」

 

「ああ、だからな、その時にでも――」

 

 

 ――私の処女はじめてを、もらってくれ。

 

 

 大輝は、そんな可愛らしことを口にする自慢のカノジョを前に、

 

 

 ――はい。責任を持って、頂戴します。

 

 

 と、密かに約束を交わした。

 

 

 ――その後、二人は校内でも随一のバカップルとして知られることとなり、生徒指導の教諭、更には生徒会の面々の頭を盛大に抱えさせ、不純異性交遊の是非についての論争を大いに盛り上がる切っ掛けになったりもしたが、それはまた別の話。

 

 

「大輝、大好きだぞ♪」

 

 

『鉄血氷姫』と呼ばれた彼女は、NTR未遂事件を皮切りに、恋人との絆をさらに深め、今日も幸せそうに、

 

 彼の隣を、歩いている。

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