第9話 いつか

 僕はほとんど毎晩、両親の本を眺めた。平べったい写真の中で、月は輝きを放っている。本当にこんな不思議なものがこの世の空に掛かっているのか、ふと疑問に思うこともあった。

 ルシオンの助言通り、大陸へ行けば、本物の月も見られるし、もしかしたら奇月を取り除くヒントも得られるのかもしれない。

 二ヶ月経った今でも、ルシオンは見つからない。島にいるのか大陸にいるのか、生きているのか死んでいるのか、それすら分からない。

 レムネスとルシオンには共通の友人もたくさんいるらしいが、彼らも手掛かりらしい手掛かりは何も持っていなかった。

 ルシオンがいなくなり、レムネスは別の警備兵とコンビになった。時々、昼間でも巡回中のレムネスと遭遇する。

 僕とレムネスの友情を、警備隊の方でも把握しているようだった。警備隊は僕の父さんが奇月の研究者であることを気にしているらしく、レムネスを通して僕の行動を監視する目的もあるようだった。レムネスも僕もそれを分かっていて、友人として接していた。

 いつか、ルシオンと再会したい。

 その思いを共有していた。

 幼い頃に眺めたラムネ瓶の中のビー玉を愛しく思い返すように、ルシオンの翠眼を懐かしく思い返した。

 レムネスは時折ぽつりとルシオンとの思い出話を聞かせてくれた。物心付いた時から親友で、言葉がなくても互いの心を見抜ける、そんな関係らしかった。本当に信頼し合った親しい仲でなければ知ることもない本名まで知っているというのだから、兄弟みたいな存在だったのかもしれない。

 ルシオンの失踪後、レムネスは隊服の下にロケットペンダントをぶら下げるようになった。幼い頃のレムネスとルシオンが、無邪気に笑っている写真が挟んであった。

「ルシオンがいなくなったなんて今でも信じられない。今頃、どこで何をしているんだろうね。――ルシオン」

 親友の名前を呟きながら、レムネスは写真を眺めた。

 今日も、地上へ続く柱の前には、モスグリーンの隊服を着た警備兵が立っている。

 地上では奇月が毒霧を吐き続けているのだろう。

 地下街の天井には人工の眩しい昼間の明かりが灯り、人々は日常を営んでいた。

 一人の警備兵が行方知れずになったことなんて、みんな、無関心なまま。


(終)

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奇月の掛かる島 スエテナター @suetenata

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