さようならの代わりに

深海 悠

さようならの代わりに

 昔から、自分だけ周囲から浮いている感覚があった。だから、チョークで線を引くみたいに、周りから距離を置いて生きていた。

 誰かを愛することもなく、ひっそりと人生を終えるものだと思っていた。―—彼女に出会うまでは。


◆◇◆◇◆◇◆


 大学入学から数日が経った頃。部員のひとりに半ば強引に引っ張られ、旅行サークルの新入生歓迎会に参加することになった。

 スマホを片手にゲラゲラと笑う部員たち。教卓でコーラをラッパ飲みする部長とその隣でポテチをバリバリと食べる副部長。唯一、書記らしき人物だけが「うるさいぞ」と注意していた。

 場違いな場所に来てしまったと、私は部屋の片隅でひとり縮こまっていた。トイレに行くフリをして抜けそうかと、イスから腰をあげたその時だった。

「すみません。遅くなりました」

 教室の後ろ側のドアが開き、ひとりの女性が部屋に入ってきた。

「全然大丈夫だよー。あ、一番前の席が空いてるから座って」

 彼女は私の隣に座ると、「よろしくね」と微笑んだ。その女性は息を呑むほど美しく、ほんの一瞬、彼女の周りに色とりどりの草花が咲いて見えた。

 入部する気なんて全くなかったのに、彼女が旅行サークルに入ると知って、私も入部することに決めた。


◆◇◆◇◆◇◆


 旅行サークルに所属している一年生は、私と彼女だけだった。

 彼女は桜のように儚げで、紫陽花のように移り気で、向日葵のように輝いていた。彼女の顔や声、性格、過去、彼女のすべてが愛おしかった。

 彼女と出会って二か月が経った頃、サークルでキャンプに行くことになった。山道を登る途中、中高時代に所属していた部活の話になり、私が写真部に所属していたことを知った副部長が、私を写真係に任命した。

 写真を撮ることは嫌いじゃなかったし、むしろ好きだった。カメラを向ければ、話し下手で何一つ取り柄のない自分に、皆んなが笑顔を向けてくれる。その瞬間が、私は好きだった。

 先輩から手渡されたデジタルカメラで部員たちの活動を撮影していると、ふいに彼女がやってきた。どうして撮影しているのかと尋ねられ、写真係に任命された経緯を話すと、「私も撮って欲しいな」と彼女は言った。

 数回彼女を撮った後、その写真を彼女に見せると、彼女はとても喜んでくれた。

「実は、私、被写体をやってるの」

 彼女はそう言って、自身のSNSを私に見せてくれた。カメラマンの腕がいいことは勿論が、彼女は眩しいほど美しかった。

 スマホの画面をスクロールすると、一枚だけピントが合っていない写真があった。

「この写真もカメラマンに撮ってもらったの?」

「ああ、その写真ね」

 彼女の細長い指が、その写真に触れた。ぼやけているけれど、他の写真とは違う魅力のある写真だった。

「彼氏に撮ってもらったの」

 彼氏。その単語に、私の心はひどく揺さぶられた。

「・・・・・・いたんだ、彼氏」

「最近出来たの。皆には内緒ね」

「うん、分かった」

 幸せそうな表情を浮かべる彼女に、私は素直におめでとうと言えなかった。本当は、彼女と秘密を共有するなら、もっと別のことが良かっただなんて、彼女に言えるはずもなかった。


◆◇◆◇◆◇◆


 キャンプの一件以来、私たちは以前よりも仲良くなった。彼女と遊びに行くことも増え、会う度に例の彼氏の話になった。彼の話をする時、彼女はとても嬉しそうだった。彼女の話を聞きながら、私は彼と彼女の思い出を、まるで自分が体験したことかのように自分の中へ落とし込もうとした。

 一目惚れだった。彼女にはじめて出会った時から、私は彼女に夢中だった。だが、私は同性で、彼女との未来がないことは理解していた。

 あくまでも友達の立場で、彼女のそばにいる。それだけで私は幸せだった。


◆◇◆◇◆◇◆


 結局、大学卒業を機に、彼女とは疎遠になった。

 彼女が私の気持ちに気づき、不愉快に思ったのかもしれない。そうだとしたら、彼女に悪いことをしてしまった。

 元気にやっているだろうか。自分の夢を叶えて、愛する人と幸せな家庭を築けているのなら、私はそれ以上、彼女に何も望まない。

 私は過去の友人として、これからも彼女の幸せを願い続ける。

 

 





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さようならの代わりに 深海 悠 @ikumi1124

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