第16悪 空中要塞ブラックナイト、発進しなさい

 変身を解いたサードの右肩に、ちっさいドラゴンがチョコンと乗っている。

 赤くて、小さくて、背に小さな翼がある。

 その姿には、子犬や子猫に通じる可愛らしさがあった。


「邪魔だな。どう始末するか」


 だが、サードにそんな可愛さが通用するはずもなかった。


「お待ちください、マスター。わらわ、有能で忠実でしてよ?」

「では邪魔になることをやめろ。つまり死ね」

「マスター、テイムしてからの最初の命令がそれなのですか、マスター?」


 あ、このドラゴン、サードに振り回される側かー。

 ちょっと私、シンパシー。


「でもわかります。わらわに心惹かれて魅入ってしまうのですよね」


 全然違った。何だ、この自意識過剰ドラゴン。

 と、思って見ていたら、ちっさい赤いドラゴンがこっちを向く。


「あら、汝……」


 え、私?

 何か、フワリと浮いてものすごい目ヂカラのまま近づいてくるの何なの?


「……………………チッ!」


 何か露骨に舌打ちされたんですけど?


「ンだ、汝。わらわのマスターに何、色目使ってんだ、あァン?」


 ガラ悪ッ!?

 え、敏腕秘書な感じのさっきまでのキャラと口調、どこいったの!


「だが残念だったなァ。マスターの隣はこの月光竜ゼラ・ルーナのものよ!」


 改 名 さ せ ら れ と る 。


「え、名前……」

「昔なんざどうでもいいだろ? 今のわらわはマスター・サードの忠実なる下僕。尽くすオンナ。最良の隣人。月光竜ゼラ・ルーナ様なワケ? わかる、汝?」


 むっ。


「わかったらすっこんでろ。汝みてぇな柔らかお肉はお呼びじゃねぇんだよ」

「オーッホッホッホッホ!」


 突っかかってきたゼラ・ルーナに、私は高らかに笑って返す。


「仮にも伝説に名を遺すドラゴンが、さえずる小鳥にも劣るものであったとは。何という笑い話。面白すぎたので、報酬として笑って差し上げましたわ」

「……ほォう、汝、この月光竜にケンカ売るってか? あ?」


 お、声が一段低くなったわね。やる気か、この!


「さて何のことやら。私はあなたのご主人様の主でしてよ?」

「バカがよ。わらわのマスターは一人に決まってんだろうが。笑わせんな」


「あら、そうでしたの? 随分と邪険にされていたようですが?」

「ハッ、あれこそマスターの愛情表現に決まってんだろ、何見てたんだ?」


 私とゼラは、互いに真っ向から睨み合い、火花を散らす。


「兄上様、あれは何ですか」

「犬も食わないものの下位互換です。関わるだけ損なので見ないフリをしなさい」

「はーい!」


 そして外から微笑ましい兄妹の会話が耳をかすめる。

 待って、ファスロさん。その表現、的確過ぎて心臓に突き刺さって、痛ひ……。


 でもね、負けられない。この戦いは負けられないのよ。

 何故ならこれは、推しを巡る戦い。

 ポッと出のニワカにデカイ顔されて、平気でいられるものですか!


 だってそうじゃない。

 ずっと一緒にやってきた推しの隣に、突然の彼女面ドラゴンとか。


 私、別に同担拒否じゃないけどこれは無理!

 特に、サードのこと一番わかってますって態度が、絶、絶、絶、絶、絶許!


「汝みてぇな柔肉が、わらわを差し置いてマスターの隣とかさ――」

「フフフフフ、愚かの極みとでも申しましょうか。それならば――」


 と、私とゼラは互いに殺気を放ちながら喧々諤々やり合う。

 すると、いつの間にかゼラの背後にサードが立っていた。え、あの、何を……?


 ベチンッ。


「ギャフン!?」


 うわ。

 サードが、チョップを振り下ろしてゼラを撃墜した。


「不完全な存在が俺の下僕を詐称するな、不愉快だ」


 眉一つ動かすことなく、彼はそう言ってその場から歩いて行った。

 さすがサード様、容赦がなさすぎる……。


「おい、このちっこいの、大丈夫か?」

「あらら~、床にめり込んでるじゃないのぉ……」


 ゴリアテとリーリスが、サードの一撃によって床の一部になったゼラを遠巻きに眺めながら言う。まぁ、生きてはいるみたいだけど、大丈夫かな……?


「あぁン、マスタ~、感じますわぁ、雑な扱いの裏にある深い信頼。……好き」


 全然堪えてないでやんの。さすがドラゴン、頑丈だわ。

 っていうか、床にめり込みながら目をハートにしてる辺り、結構シュール……。


 ただ、サード本人はどうやらゼラの存在を何とも思っていないようだ。

 ならまぁ、いっか。うん。

 ゼラを殺していないのは、ステラ・マリスの戦力に加える考えがあるからか。


 私もそれがわかるから、かなり腹立たしいけど、ゼラの存在を許容しよう。

 かなり! 腹立たしい! けどッッッッ!


「くだらない話にも区切りがついたようなので、大首領様に具申いたします」


 ファスロが、タイミングを計ったように私に言ってきた。

 くだらない話して。いや、傍から見れば確かにくだらないかもしんないけど!


「このあとについてですが、南方のセルバティ辺境伯に接触を図るべきかと」


 しかしファスロが示した意見は、至極真面目なものだった。

 えーっと、セルバティ辺境伯……。

 あー、確か〈漆黒領〉を舞台にしたスピンオフ作品に出てきたおじいさんだ。


「ふむ、その提案に、どのような意図が?」


 セルバティ辺境伯の人物像を思い返しながら、私はファスロに問いを投げる。

 しっかりとした体格のおじいさんで、民を第一に考える名君、だったはず。

 でも、戦争が始まった初期の段階で、中立を宣言したんだっけ……。


「はい、辺境伯は現在、中立の立場をとっておりますが、それは自領の民の安全を優先してのこと。また、かの辺境伯の領地は地理的にゴ連から最も遠い場所にあり、ゴ連による侵略の手もそこまでは及びきっていないと思われます」


 ふむ、なるほど。つまりファスロはこう言いたいワケか。

 次にステラ・マリスが同志に迎えるべきは、そのセルバティ辺境伯である、と。


「辺境伯を我がステラ・マリスに迎えることに、どのようなメリットが?」

「かの辺境伯は、かつての魔王軍諸侯の中でもご意見番のような存在でした。彼が我らステラ・マリスに協力すれば、他の諸侯に与える影響も大、かと」


 ……我らステラ・マリス、か。嬉しいこと、言ってくれるなぁ。


「ふむ……」


 しかし、セルバティ辺境伯か。

 名君だけど、個人としては気難しくて頑固なおじいちゃんなのよね。


 ただ、ゴ連の侵略の手が及んでない、っていうのは重要だ。

 今や〈漆黒領〉のほとんどが、ゴブーリングラードみたいな有様になってる。

 それは召喚魔法によって量産されていたゴブリン達による略奪のせいだ。


 今後〈漆黒領〉が復興していくとしても、それはまだまだ先の話。

 そして、ステラ・マリスも魔王城という拠点を手に入れたが、食料など、諸々の生活必需品が供給されるワケでもないので、このままでは先細っていくだけ。

 つまりは魔王城とは別の、補給のための拠点が必要となってくるワケだ。


 無軌道なゴ連の略奪が行なわれていない領地。

 これからのことを考えれば、是非とも協力を得たいところではある。


 ……おお、何か私、ちょっと頭いいこと考えてない?


「どう思いますか、サード」


 でも結局、一人では判断がつかず、私はサードへと意見を求める。


「好きにしろ」


 思ってた通りの答えが返ってきた。

 でも、彼にそう言ってもらうことが目的なので、それは別にいいんだ。

 だってサード様のその言葉は、私にとってのGOサインなんだから。


「あらあら、突き放されたわね。やっぱりわらわこそマスターの最愛――」


 ベチンッ。


「ポヒュン!?」


 復活したゼラが、私の周りを飛び回って煽りに来たが、サードに撃墜された。

 あ~あ、また床にめり込んじゃってるよ……。


「話はまとまったかしらぁ。だったらそろそろ、外に出なぁい?」


 呆れ顔でゼラを見つつ、その厚い唇を尖らせてリーリスが言ってきた。

 ま、確かにねー。こんな場所、長居しても気が滅入るだけだわ。


「我らが悪の大首領様はぁ、こういうところが大好きそうだけどねぇ~」


 さすがにそれは風評被害すぎる!?


「おお、確かにわかるわい。うむぅ、確かにのう……」


 そんなしみじみ同意しないでよ、ゴリさぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!


「二人共、大首領閣下に失礼ですよ。確かに僕もそう思いますが」


 ファスロさん、もしかして私のこと、嫌い?

 ひどいなー、ひどいなー、みんなしてひどいなー。アンジュ、泣いちゃいそう。


「無駄話をするだけ、ここに長居することになる。実に簡単なロジックだな」

「「むぐ……」」


 サードに突き刺され、ゴリアテとリーリスが声を詰まらせた。

 ファスロは一人涼しい顔。さてはこの人、実はかなり面の皮が分厚いな?


 ともあれ、私達はゴ連の心臓部であった部屋を出ていく。

 去り際、私は瓦礫の横に転がっているゴブーリンの亡骸をチラリと見た。


「…………」


 凝視はしない。

 軽く見る程度で、一度目を離して、もう二度と見ることはない。


 ゴブーリンは悪人だった。

 どうしようもない、手の施しようがない、汚物みたいな性根の持ち主だった。


 でも、一つの命でもあった。

 これまでに彼がどれだけの非道な行いをしてきたとしても、それは変わらない。


 ――私は今日、生まれて初めて、自分の意志で人を見殺しにした。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 転移によって魔王城に戻り、玉座の間へ。

 すると、空いている玉座の前で、ファスロが横にどいて私に告げる。


「さぁ、大首領閣下。――あなたの玉座です」


 え……。


「かぁ~、気に食わん。気に食わんが、こればっかりはしゃあないのう!」

「本当に気に入らないけどぉ、ステラ・マリスだモンねぇ。今の私達ィ……」


 ゴリアテもリーリスも、不承不承というていではあるが、拒んではこない。

 私は、玉座の前に立って――、立って……、でも、


「座ってください、大首領様」


 シュトライアが、立ち尽くす私へと、言ってくる。


「兄上様と離れずに済みました。大首領様のおかげです」


 彼女は初めて、私に向かって、本当にうれしそうに笑ってみせた。

 そんな風に言ってもらえて、どうして、彼女達に否と言えるだろうか。


「フフフ、配下として、あるべき態度がわかっておられますね、皆様」


 私は大首領として振る舞い、そして玉座へと腰を下ろす。

 軽く見上げれば、天井の穴はすでになくなっていた。

 数日前、サードが私をお、お、お姫様抱っこ……、して、蹴破ったあの天井。


 たった数日で、とんでもないことになった。

 そんな実感を噛み締めつつ、私は視線を上から前へと戻す。


 ファスロを先頭に、その隣にはシュトライアが。

 そして、すぐ後ろにゴリアテとリーリス、いつの間にやらスケルトン老師。

 かつての魔王軍の面々が、私に向かって膝を折り、傅いている。


「次に行く場所を示せ、我が主」


 玉座の右隣には、肩に赤い小竜を乗せた、黒いコートの最強戦士。

 促され、私は努めて通る声を作り、告げる。


「進路を南へ。ステラ・マリス空中要塞ブラックナイト、発進しなさい」


 調子に乗って、魔王城の名前を原作に出てきた宇宙要塞にしちゃった。

 ま、いいよね!


 かくして、悪の秘密結社ステラ・マリスはセルバティ辺境伯領へと向かう。

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大首領、はじめました! ~婚約破棄からのデッドエンド確定済み悪役令嬢、最後の手段として召喚した特撮ダークヒーローと共に悪の秘密結社を結成して異世界征服に乗り出す!~ 楽市 @hanpen_thiyo

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