第15悪 もう、魔王はどこにもいません

 ド、


『ウォォォォォォォォォォォォォ――――、ゥウ……』


 ドラゴンだァァァァァァァァァァァァァ――――ッッッッ!!?


 ゴブーリンが自分を生贄にして召喚した『何か』。

 それは、一言で表せば真っ赤に燃えるドラゴンだった。

 デカくて、熱くて、赤くて、角と翼があって、目が怖い、トカゲっぽいの!


 つまり、ドラゴン!


「……赤熱する鱗、その下に流動する火属性の魔力、まさか」


 私の横で、魔法陣から退避したファスロが息を飲む。


「太陽竜、ゼラ・ノーヴァ?」


 うわ、何それ。名前カッコいい!

 って待って〈エトランゼ〉にそんなドラゴンいたっけ? ……あ、いたわ!


 設定資料集の中にあった〈漆黒領〉の建国神話。

 そこに出てきた、初代魔王に倒された伝説の火竜がゼラ・ノーヴァだ。

 なかなか御大層な存在だけど、資料集で触れられてたのそこだけなのよねー。


 いや、でも、熱ッ。怖ッ。

 魔法陣から結構離れたのに、肌がジリジリ灼かれるのを感じる。


 それとデカい! すごくデカい!

 部屋が広くて助かったわ。もし狭ければ、今頃私達、みんな生き埋めよ?


『――感じる』


 うひぃ、喋ったァァァァァァァァァァァァァ!?


『魔王の血脈……、感じるぞ。時を経ようとも褪せぬ、癇に障る魔力の質感!』


 ヴォ。

 という音がした。


「う、ぁ……!」


 突然の轟風が、私の全身を叩きつけてくる。いけない、耐えられ……、な、


「動じるな。この程度で」


 背中に何かが当たって、耳元に声。

 サードが、背後に立って私のことを体で受け止めてくれていた。


 いやいや、動じるなって言いますけどね、物理的に動じないのは無理です!

 私、これでも体重は軽い方なんですよ。日々の努力のおかげで!


 なんて思っていると、風がおさまってくる。

 サードに支えられ、目を閉じていた私は恐る恐るまぶたを開け、絶句する。

 部屋の様相が一変していた。


「こんな……」


 白い壁は亀裂が入り、崩れ、整っていた部屋がグチャグチャだ。

 巨大な虹色の結晶体も粉々に砕けて、魔法陣の光も完全に消えてしまっている。


「あのゼラ何とかは、今、何をしたのだ」

「多分、魔力衝ですね……」


 ホコリ臭さにむせないようにしながら、私はサードに説明する。

 それだけ言えばわかるだろう。〈エトランゼ〉の基礎知識は、彼もあるはずだ。


「魔力衝……、そうか。つまりアレは強者のたぐいか」


 やはり、理解してくれた。

 強大な魔力を持つ者は外に魔力を放つだけで物理的な圧力を発生させられる。


 それが魔力衝。

 世界設定として、これを放てることが強者の証の一つとされている。


「……異なる世界のゼラ・ノーヴァ。そんなものとまみえるとは」


 シュトライアを抱きかかえ、ファスロが自らに迫るドラゴンを見上げている。

 その頬を伝う汗は、暑さによるものではなさそうだ。


 生物としてのステージがあまりに違いすぎる。

 まずもって、勝とうなんて思えない。考えるべきはどう逃げるか、だ。


 だというのに、ドラゴンの方へと進み出る者がいる。

 ゴリアテとリーリスだ。

 魔王軍三巨頭の二人が、自ら体を張ってファスロとドラゴンの間に立つ。


「いよいよ、命の使いどころかのう」

「何よぉ、それ、今私が言おうとしてたことよぉ~」


 そのセリフ、その表情。この二人、まさか……!


『邪魔だぞ、小物。我が望むは魔王の血脈のみぞ。大人しくしていれば食わぬ』

「それを聞いちゃあ、一層どいてやれんわ! のう、コウモリ!」

「そうねぇ。アンタなんかと同意見ってのも腹が立つけどぉ、どけないわねぇ」


 顔中に汗を噴き出させ、共に膝を震わせながら、二人はそれでも笑っていた。


「二人とも、どいてください。ゴブーリンを討てた以上、もう、僕は――」

「いかんなぁ、いかん、そりゃあいかんぞ、ファスロ!」

「そうよぉ。ライアもいるのにぃ、何でそんなこと言えちゃうのぉ?」


 リーリスが言うと、かかえられたシュトライアが、兄に一層強くしがみついた。

 そして彼女は、泣きそうな顔になってファスロを上目に見る。


「兄上様……」

「ライア、しかし、このままでは――」


 ゴリアテ達を|殿(しんがり)にして逃げるべきか、ファスロは懊悩しているようだった。

 眉間にしわが寄り、無表情も崩れて苦しげに歪んでいる。そこに、


「で、茶番はいつ終わるのだ?」


 おぉぉぉ――っと、ここでサード君による無情すぎるツッコミ――――!


「まだ終わらぬなら、どこか別でやっていろ。邪魔だ」


 無情。とことん無情。

 ゴリアテもリーリスも、ファスロでさえも、サードを見て固まっている。

 空気が、色んな意味で熱を帯びているはずの空気が、寒い!


「喜べ、ジジイ。付き合わせてやる」

「ほいほい、やっとこオジジの出番かえ」


 いつの間にか、サードの隣にはスケルトン老師の姿。え、ホントいつの間に!?


『我が往く手を阻むか、小物風情が……』

「黙れ貴様。よりによって俺を前にして太陽竜だと、身の程を知れ」


 あ、何気にキレかかってらっしゃる。

 あーあーあー、そっかー、太陽、太陽かー。そりゃキレるよー、禁句だよー。


「欠けない月を仰ぎ見て、無明の奈落やみに墜ちて往け」


 サードの指が天を差し、その瞳がゼラ・ノーヴァを射貫く。

 うわぁ、前置きなしに変身とか、これキレかけどころかブチギレなのでは?


「――奈落/転身ドロップアウト


 そして指先が地を示し、蒼白の火柱が彼の足元に炸裂する。


「クカ、カ!」


 同時、スケルトン老師が動き出し――、消えたァ!?


「無慈悲な月にこうべを垂れろ、トカゲ」


 蒼い火の粉を蹴散らし現れ出たアークムーンが――、こっちも消えたしッ!

 あ、無理だー。これ、解説するとか無理ー。動き全然見えないモン!


 特撮の方で見慣れた気になってたけど、アレ、そーはいっても特撮だからね。

 本物のアークムーンの動きとか、常人の目で追えるはずなかったや。


 ……あー。


「よし、ステ活ステラ・マリス活動、するかー」


 あっちでドカーンズガーンとやってる中、私は魔王軍に近づく。

 魔王軍の皆さんは――、っとぉ、ファスロとゴリアテが睨み合ってますよ?


「何故、逃げなかったのですか、ゴリさん」

「そりゃあワシのセリフじゃろうが、のぉ、ファスロよ」


「僕は、魔王としての最後の務めを果たしました。だから、いつ死んでも――」

「それ以上は言わせんぞ。さすがに堪忍袋の緒がもたんからのぉ……」


 おー、やり合ってるやり合ってる。


「もう、終わりにしましょう。生きる目的を全うした以上、ここから先は……」

「バカ言わないでよねぇ~、ファスロったらぁ。まだ私達がいるでしょぉ~」


「僕は、君達を僕に縛りつける気はないんです。友と認めているからこそ――」

「ええい、やかましいわ! ワシはきさんを主君と仰ぐと決めたんじゃ!」


 うーん、これは見事な平行線。

 互いに大事に想ってるからこその、相手を尊重しすぎての堂々巡り。

 プラス、ファスロの自己肯定感の低さっていうか、罪悪感の表われというか。


 隠しルートにおけるファスロは、実は当初かなり自己肯定感が低い。

 魔力の低さからの劣等感と敗戦による無力感などが主原因で、どうやらこの世界のファスロも、しっかりそれに囚われているようだ。


 私は一度息をつくと、魔王軍の皆さんに向けて声を大きめにして言った。


「――いい加減にしなさい、バカ共が」


 三人が、一斉に私の方を向く。


「さっきから聞いていれば、的外れな話しばかり。茶番というのもうなずけます」

「きさん、横から何じゃあ! 今はきさんに付き合っとるヒマは――」

「お黙りなさい」


 私の冷たい一言に、ゴリアテは「ぐっ」と言葉を切って押し黙る。

 言った私、もちろん戦々恐々よ。

 サワァ~って感じで、全身から血の気引いてるからね! 薄ら寒ゥい!


「ゴブーリンが死んだ時点で、魔王軍は解体されました。ですわよね?」

「それは……」

「それとも、全てのゴブリンが死に絶えるまで、契約は履行されないとでも?」


 私の指摘を受けて言い淀むファスロに、私はさらに押し込んでいく。


「しかし、僕程度にできることなど……」

「誰が意見を求めましたか。私は直ちに契約を履行せよと、命じているのです」


 できる限り居丈高に、おまえの話なんて聞かないよムーブをキメていく。

 ふぃ~、こいつはなかなかタフなロールプレイだぜ。

 周囲の熱気がなければ溢れる汗も隠し切れませんわー、こりゃ。参った参った。


「ゴリさんやリーリスはステラ・マリスに行ってください。その方がいい」


 あ、へ~、ふ~ん。この期に及んで、まだそういうコト、言っちゃうんだぁ?

 さすがはファスロ陛下。その頑固さだけはまさに魔王級の強度だわー。


 でも残念でした~。

 私、知ってるよ。あなたの急所。

 だって、深く愛し合った仲だモン。ゲームの中で、だけどね!


「お兄様はこのように言っておりますが、あなたはどうです、シュトライアさん」


 私がシュトライアを見る。

 それにつられて、ファスロとゴリアテ達も、彼女を見る。


 言い合いばかりに気を取られて、彼らはちっとも気づいていなかった。

 目に涙をいっぱいにためて、今にも泣きそうになっているシュトライアに。


「……私は、兄上様と、みんなと、一緒がいい、です」


 ほ~ら、しゃくりあげるの必死に我慢してるライアちゃん、可哀想だねー!

 誰のせいでこんなコトになってるんだろーねー! ねー!


「ライア……」


 唖然となるファスロ達を流し見つつ、私はシュトライアに言った。


「シュトライアさん、私の方ステラ・マリスにおいでなさい。それで万事解決ですわ」

「本当ですか? みんな、バラバラにならずに済みますか?」

「ええ、済みますとも。大首領である私が保証いたしますわ。だから、ね?」


 かすかに膝を屈ませて、両腕を広げる。

 すると、シュトライアがぐしぐしと涙をぬぐった後、私の胸に飛び込んできた。

 上目遣いに私を見るライアちゃん、かぁ~わうぃ~~~~!


「さて、ステラ・マリスの構成員が一人増えましたが、皆様はどうされますか?」


 シュトライアの頭を撫でながら、私は残る三人へと勝利の笑顔を向ける。

 すると、ファスロの私を見る視線に、初めて圧が加わった。

 ホ、ホホホ、怖くないわよ。こ、こ、怖くなんかないんだからねぇ~~!


「とてつもない外道ですね、あなたは。ライアを人質を取るなんて……」

「いかにも。それは私にとっては誉め言葉でしてよ、魔王陛下」

「いいえ、大首領閣下。もう、魔王はどこにもいません」


 お?


「おい、ファスロ……」

「ゴリさん、リーリス、いいでしょう? ライアを持っていかれたら、詰みです」

「むぅ~、仕方がないわねぇ。雇用条件はしっかり交渉させてもらうわよぉ?」


 肩をすくめるファスロに、頬を膨らませてリーリスがむくれる。

 ゴリアテは「しゃあないのう!」と豪快に笑い飛ばし、かくして話は決着した。

 悪の秘密結社ステラ・マリスに、新たな構成員が加わった瞬間であった。


 …………よかったぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~!


「お、ちょうど終わったところかいのう?」


 いつの間にか私の隣にスケルトン老師が立っていた。ホント、いつの間に!?


「あら、老師。そちらは終わりまして?」


 私は何とか面の皮を保ちつつ、老師に尋ねる。

 すると老師がアゴ骨をカタカタと鳴らしながら、こう答えた。


「うむ、テイムし終わったぞ」


 ……何て?

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